「江戸東京たてもの園」最終回は西ゾーンです。
山の手通りに面してさまざまな建築様式の住宅を復元・展示しています。
また江戸時代に建てられた茅葺きの民家も見られます。
【W-1】常盤台写真場
健康住宅地(健康的に住めるさまざまなな工夫がされた住宅の事。)として開発された郊外住宅地常盤台に建てられた写真館です。
照明設備が発達してない当時、最も安定した照度を得るために、2階写場の北側に大きな窓を設け、一定の光量となるようにすりガラスがはめ込まれています。
置かれた椅子も木馬のようなデザインの子供用の椅子も用意されていたりして、とてもオシャレな家族写真が撮れそうですね。
住居も兼ね備えられていて、お風呂場や畳の部屋、ミシン部屋などもありました。ミシンは懐かしい足踏みミシンです!昔、母が使っていた物に似ています。電気は使わず動かせるタイプ❣️
お客様の控え室や応接間などありました。窓が多く、明るいイメージだったのが印象的です。
【W-2】三井八郎右衛門邸
港区西麻布に1952年(昭和27)に建てられた邸宅です。客間と食堂部分は1897年(明治30)頃に京都に建てられ、戦後に港区へ移築されたものです。
蔵は1874年(明治7)の建築当初の土蔵として復元されました。
三井八郎右衛門邸は、日本の近代史に三井財閣として名を残した三井同族十一家の総領家、三井八郎右衛門の第二次世界大戦後の住宅である。
この本邸は日本各地にあった三井家に関連する施設より部材などを集めて建てられている。邸の南東隅には大磯の別邸にあった望海床が、西側には1874年(明治7)の建築を示す墨書がある土蔵が移築されている。
仏間前の廊下にはシャンデリアが飾られています。
1階の青院の二間は1897年(明治30)頃に完成した京都浦小路三井邸の奥書院の一部であり、本邸の格調の高さをあらわしています。
機能性の高い厨房と配膳室と広々したダイニングを拝見すると、ここで沢山の方が働いていたのではないかと想像出来ますね![]()
因みにこちらの台所は「借りぐらしのアリエッティ」でアリエッティが初めてお父さんと借りの仕事をした台所に似てると噂されてるところです。
森雄山作の小千鳥図の描かれた襖なども保存されています。
漆長持ち 漆塗りで金具を付した長持で、側面に三葉葵があしらわれている。11代当主三井筒基氏の夫人は1920年(大正9)に福井松平家から三井家に嫁いだ。この長持はその際の婚礼調度をいれたものと思われる。
邸内の各部屋には明治期の円山四条派の画家が描いた絵などがはめ込まれるほか、細部の意匠に至るまで気が配られた建物です。
ここは凄い✨
金箔の襖に金箔?のテーブル、まるで格式の高いお城の本丸御殿の襖ようです(๑•̀ㅁ•́ฅ✨
パンフレットの表紙にもなってるお部屋ですが、草花のモチーフの格天井や、照明設備の一つ一つが拘りのある素晴らしいものばかりでした。
赤い絨毯が敷いてあるところは、廊下では無くて縁側なんですって!財閥の邸宅って色々と凄くて見所満載でした。
【W-8】綱島家(農家)
多摩川をのぞむ岸線上にあった広間型の間取りを持つ茅葺の民家です。広間と土間境の長方形断面の大黒柱や、納戸と広間を仕切るオシイタという古い形式の板などから、建物の歴史が感じられます。
台所の釜!ここで炊いたご飯美味しそうです(*^^*)
洗い場の水はカメに溜めておいてたんですね(๑•̀ㅁ•́ฅ✨位置が不思議なんですが、座って作業するのかしら?
囲炉裏は良いですね〜(≧∇≦)bここで魚焼いたり鉄鍋で汁物作ったりして、談笑してたかな〜(*^^*)
綱島家の前に置かれていた木の道具はなんだろう?と近寄って見てみると、中央にハンドルがあり回せる様子。
「唐箕(とうみ)」という道具で、この中で穀物を選別する為の仕掛けが入っているんですね〜🌾
【W-3】奄美の高倉
奄美大島にあった高床式倉庫。湿気や鼠の害から穀物を守るために、建物本体を地面から高く上げています。
上へは行けませんが、案外広そうですよ〜!ハシゴ🪜何かで上がったのでしょうかね?
たてもの園の一番端っこにやって来ました(* 'ᵕ' )☆
【W-4】吉野家(農家)
江戸時代後期に建てられた民家です。吉野家は江戸時代に野崎村(現在の三鷹市野崎)の名主役を務めた家といわれてます。
式台付きの玄関や付書院のある奥座敷、すずめ踊りのデザインの雨仕舞い(最も雨が吹き込みやすい場所の防水の意味もあります)は格式の高さのシンボルでもあります。
実際に掘られてはいませんが、井戸も移築されていました。
土間のカマドと台所のカマドがあり、囲炉裏も2ヶ所ある事で、みんなが集まる場所でもあった事が分かります。裏にはお蚕さんの設備もありました。
米や雑穀を引く石臼がありますが、こちらは実際に小学校の見学等で子供たちが米を引いて粉にする体験などもさせて貰えるようです。
こういう社会科見学って楽しそうですね〜(๑•̀ㅁ•́ฅ✨私もやってみたかった💕︎
【W-5】八王子千人同心組頭の家
八王子仙人同心は、江戸時代、八王子に配備された徳川家の家臣団です。周辺の農家と比べると広くありませんが、式台付きの玄関などは格式の高さを示しています。
仙人同心って、普段は農業をしていますが、いざという時には戦いに出る生活をしている「半士半農」と言うらしいですよ。
火災を防ぐ為に床のない土間に直接カマドを置いています。洗い場は座って作業するのがこの時代の特徴なんですね。
ここはスッキリと広々した作りで、プライベート空間は必要無いって感じに見えますが、整形四間取と言い、田の字の形に4つ部屋が並ぶ形になっていて、用途に合わせて襖を入れたり取り払ったり出来るようになっています。
江戸時代の建物はここまでで、次は明治、大正、昭和初期の建物を見ていきます🍀*゜
【W-10】デ・ラランデ邸
この住宅は、元は平屋建ての洋館でしたが、1910年(明治43)頃、ドイツ人建築家ゲオルグ・デ・ラランデにより3階建てとして大規模に増築されました。その後何回か所有者が変わりましたが、1956年(昭和31)から三島海雲(カルピスの創業者)がこの住宅に住んでいました。1999年(平成11)まで新宿区信濃町に建っていたので、だいぶ最近にこちらに移築されたようです。
ここは江戸時代の建物のすぐ隣にあったので、タイムスリップしたような気持ちになりました![]()
明治時代に入ると、西洋文化の流入や政府の欧化対策などにより日本で洋風建築が建てられ始めました。
レンガやガラス、ペンキなど、建築材料も登場し始めたのもこの時代です。
こちらは全室床張りになっています。1箇所だけソファーの置いてある部屋だけ絨毯になってました。
ここの1階は「武蔵野茶房」として使われていて、休憩所になってます。
キッチンとか水周りが見れなかったのはそのためですね。
休憩したかったけれど、こちらは沢山のマダムたちが優雅にティータイムを楽しんでいて、パパちゃんは入りたく無さそうだったので☕️タイムは諦めました。人が沢山いたので、撮影無しにしましたが、素敵な感じでした。
後でビジターセンターでお茶しようという事で、残り3か所を見てしまいましょう( •̀ᴗ•́ )و
【W-9】小出邸
日本におけるモダニズム運動を主導した建築家堀口捨己が、ヨーロッパ視察からの帰国直後に設計した住宅です。当時オランダで流行していたデザインと、日本の伝統的な造形を折衷した造りの建物です。全体の写真を撮り忘れたので、模型で失礼しますm(_ _)m
確かに和洋折衷を感じる内装で、お部屋などは畳貼りになっています。屋根の傾斜のある部分には物置のようになつていたり、応接間は洋風な感じになってました。
【W-6】前川國男邸
日本の近代建築の発展に貢献した建築家前川國男の自宅とてして、品川区上大崎に1942年(昭和17)に建てられた住宅です。戦時体制下、建築資材の入手が困難な時期に竣工しています。外観は切妻屋根の和風、内部は吹き抜けの居間を中心に書斎・寝室を配したシンプルな間取りになっています。
こちらが本当に素敵なんです〜♡
玄関は後ろ側になっているので、移動します!
呼び鈴からセンスの良さが感じられ、中へ上がるのがワクワクしちゃいますね(っ ॑꒳ ॑c)
吹き抜けの居間が素敵すぎる😍わぁ〜こんなお家に住んでみたいものです(*´ω`*)
2階へ上がる階段も階段下にあるキッチンに通じる入り口もダイニングテーブルもシンプルなのに計算された配置に心踊ります⤴️
庭を眺められるシンプルなのに高級感のあるソファー❣️とても心地良く過ごせそう♡
照明のセンスも最高(*`ω´)b
ロフト風な2階へは上がれませんが、写真では見えずらいのですが、2階の壁部分が、コレクションケースになっていて、下からそれを眺める事が出来ます。高価そうなお皿が入ってました。
お庭に面した部分は木枠の扉と窓。外から見るのとイメージがガラリと変わりますね💕︎
キッチンは白で統一していて機能的です。作った料理を一旦おける小窓も付いていて♡本当に最高(*`ω´)b
ここも私のテンション上がりまくりでした(ง ˙ω˙)ว♡♪
【W-7】田園調布の家(大川邸)
1925年(大正14)郊外住宅地の一つである大田区田園調布に建てられた住宅です。
こういう洋風なお家がどんどん増えていって、田園調布はどんどん高級住宅街になって行ったのですね。
浴室も洋風で、床がタイル張りになってます(* 'ᵕ' )☆
キッチンもクラッシック感はあれど既にシステムキッチンと言っても過言では無いですよね!
お風呂もキッチンも全て洋風になっていて、ガスはもう使っていたと思われますが、ガスコンロのようなものは見当たらず?ちょっと調べてみました。
田園調布は、渋沢栄一らが率いる「田園都市株式会社」によって理想的な高級住宅地として計画・開発されました。その開発計画の基本条件に「電信、電話、電灯、ガス、水道の完備」が最初から掲げられていました。そのため、大正時代であっても入居した瞬間からガスや水道が使える環境が整っていました。
大正時代から光熱環境設備に力を入れていたんですね
凄い‼️😲流石渋沢栄一👏です!
キッチンからの小窓!こちらにもありました❣️奥行もありますね!
ここに壁掛けの電話がありますね☎☏ 「デルビル磁石式壁掛電話機」と言って大正時代に使われていた木の箱にベルの入ったタイプで、電話がかかってくるとチンチンとベルがなる仕組みらしいですよ。
居間を中心に食堂・寝室・書斎か配置されています。当時としては全室が洋間で珍しかったようです。
田園調布マダムになったつもりで中を散策するのも楽しかったです♡
なんと言っても今の時代に無いものが見られる事も楽しみのひとつでした。
タイル張りの玄関を出たら、見学終了です。
ビジターセンターへ戻り、休憩したいと思います。
こちらはお土産も置いてあり、カフェもある施設で、チケット窓口の目の前にあります。
コーヒカップも昭和っぽくて可愛いマグカップに入ってきました☕️
バス停へ向かう途中、来た道と反対側から行きましたら、SL🚂がありました❣️もう柵が閉まっていましたが時間が早いと中へ入れたみたいですね。(写真は柵から手を出して撮ってますw)
江戸たてもの園は建物を次世代へ伝えるため、復元建築物を管理してる施設で、開園して33年になるそうです。
季節毎にテーマを設けて楽しめるように工夫していて400円❣️私たちは4時間ちょっとたっぷり楽しめました😊コスパ良いですね〜(≧∇≦)bでも家からはちょっと遠いなぁ〜🤔



































