
果たして、と僕は考えてみる。
誰も真実なもの、重要なものを見なかったのだろうか。
人間はすでに数千年、ものをながめ、ものを考え、
ものを書いてきたのに
その数千年がバタパンと一個のりんごをたべる小学生の
昼休みの時間のように、まるで空虚に消えさってゆくことが
あってよいのだろうか。
そうだ、ひょっとすると、そんなことがあるかも知れぬ。
発明や進歩、文化や宗教や聖賢の遺訓があるにもかかわらず
人間はいつまで人生の表面にだけ暢気に暮らしてゆくのだろうか。
しかも、ともかくなんらかの意味を持つこの人生の表面に
得たいの知れぬ退屈な裂地をはって、たとえば疎らんな
夏休みのサロンの椅子か何かのように、本質を包み隠してしまう
ようなことがありうるだろうか。
そうだ、そんなことがあるかも知れぬ。
リルケ マルテの手記 大学ノートのメモより