Thank you for stopping by my house.
小春日和というにはまだ早いですが・・・
春とはまた違い、深まりゆく秋をを感じながら、過ごしやすい季節を庭を眺めながら過ごせる時間は至福の時です。
このような時間を過ごせるのも、怪我のお陰です。(^▽^;)(笑)
小春日和とは・・・
晩秋から初冬にかけて現れる穏やかな暖かい晴天。
小春とは旧暦 10月のことで,太陽歴では 11月から 12月上旬にあたる。
厳しい冬を前に現れる温和な天気を喜んだことばで,アメリカ大陸やヨーロッパにも冬を前にしたこの時期の穏やかな晴天をインディアン・サマー,老婦人の夏などと呼ぶことばがある。
(コトバンクより)
ボーダーガーデンの【白花フジバカマ】
【白花フジバカマ】といえば、この花を好む【アサギマダラ】という蝶をご存じですか?
まあ、おばさんも3年前まで知らなかったのですが・・・(^▽^;)(笑)
この↓蝶です。 2年前の5月に我が家で撮った画像です。
『旅する蝶』で有名な蝶です。
アサギマダラを知りたい方は、こちら↓のブログも覗いてみて下さいね。
我が家の庭には、今でも色んな蝶が飛んでいます。
白花フジバカマが咲き始めたので、アサギマダラが遊びに来てくれるのを待っているおばさんです。
さて、今日のブログタイトル『何事も経験を無駄にしない』のお話に移ります。
昨日のブログでご報告致しましたが、おばさんの手首の骨折の経過は良好です。
先ずはおばさんが何故手首を骨折したか?
現場検証致します。(笑)
骨折した日 9月23日の現場の画像です。↓
翌日に台風が静岡県に近づくということで、おばさんは午前中から玄関先の鉢を玄関ポーチの中に移動したり、色んな物を片付けたりしていました。
お天気は、雨が降ったり止んだりのお天気でした。
玄関ポーチ側から見た画像がこちら↓
おばさん家はスロープから玄関ポーチに入るのに、2段の石段があります。(撮影した日は違います)
ドジなおばさんは、この一番上の石段を踏み外し、玄関ポーチ側に倒れました。
事故現場をスロープ側に、もっと引いた位置から撮影した画像がこちら↓
この一番手前の石段から向こう側に倒れたのですが、結構な高低差があり、一番下の石の上に頭が倒れ込みそうだったので、咄嗟に手をつき、肘をつき、最後の衝撃を肩で吸収して頭をかばったのでした。
着ていた長袖Tシャツの泥汚れが、状況を物語っていました。(^▽^;)(笑)
流石に痛いかったのですが、すぐには腫れなかったので手首の捻挫くらいに思っていました。
しかし、その後ハサミで枝を切ろうとした時、ハサミが握れなかったので・・・
「これはマズイ。筋を痛めたかもしれない・・・ 病院に行ってみよう(T△T)」と、思い直したのでした。
病院に行き、レントゲンを撮ってみたら、橈骨遠位端骨折と診断され、それもちょっと角度がズレてしまっているとの事。
骨折当日のブログにも書きましたが、今はどのような治療を希望するか?
患者側に選択の自由が与えられています。(爆)
オペか?ギブスか?
おばさんが選んだのは『オペ』
Drは言いました。
「ズレてはいるけど、ギブスをする場合でもちゃんとズレを直してからギブスをするし、3ヶ月後の状態に変わりはないと思います。」
では、3ヶ月後は変わりはないと言われたのに、どうしておばさんが『オペ』を選択したのか?
お話は27年前にワープします。
その頃もおデブだったおばさんは、ダイエットの為に夜にジョギングをしていました。
そのジョギングの最中に交通事故に遭ったのです。
後ろから撥ねられたおばさんは、右脚腓骨骨折・・・
だけで終わらず・・・
恥骨骨折もしていたので、1ヶ月はベッドを傾けることも出来ない『絶対安静』の札が頭の上にぶら下げられる事態となりました。
人間というものは、立つ為には一度座るという姿勢を取らなければならないのですが、恥骨骨折をしていると座るという姿勢はとれないので普通には立つことができないのです。
だからといって、1ヶ月寝たままでいると三半規管が異常をきたしてしまうので、事故後3日目位から座らずに立つ姿勢になる機械を使うリハビリを始めました。
1回目、2回目はさほど辛くはありませんでしたが、3回目くらいから機械を使って立った姿勢になると、全身の血液が下に下がり、脚がギブスを割るのではないかと思うほど膨れ上がるような感覚になりました。
また、骨折した腓骨が親指の神経を圧迫していて、親指が上に動かないという症状になってしまいました。
神経は1日に1ミリ修復するので、1年リハビリをすれば親指の機能は回復するということでしたが、1年リハビリをしても元には戻らず・・・
後遺症が残ってしまいました。
今も右足の親指は上には動きません。
なので、右脚はつまずきやすいのです。
腓骨骨折の場合はプレート固定はないのかもしれませんが・・・
30年近く前は、患者が治療方法を選択するということはありませんでした。
今回の骨折時には、治療方法を自分で選択することができました。
27年前の経験から、おばさんはオペをする事で、骨を元の位置に戻し固定することにより、神経を圧迫しないようにする事を選びました。
いや、ギブスでの治療を選んでも、神経を圧迫することは無く、指が動かないなんて事態にはならなかったかもしれません。
しかし、ギブスで1ヶ月手首を固定すると、手首が固まってしまうことが怖かったです。
27年前の事故で、おばさんは右脚を1ヶ月ギブス固定しました。
たった1ヶ月、それも30代前半のまだまだ若い頃であっても、脚の筋肉は落ち、元に戻すのに随分時間が掛かりました。
リハビリは固まった筋肉&筋を伸ばすのでとても痛い思いもしました。
金曜日受診した際、おばさんは右手にiPadをぶら下げて診察室に入りました。
その時、Drは「iPadを右手でぶら下げているのを見て、安心しました」と仰ったのです。
多くの方が、骨折した方の手をかばいながら診察室に入って来られるようです。
現在は、オペ後1週間で傷口の絆創膏もしないのが当たりまえ。
重い物を持つ事と、雑巾を絞るような事はNGというだけで、動かす方向に制限はありません。
兎に角、怪我前と同じように動かすように言われるのです。
皆さんお優しく「無理しないでくださいね」 「お大事にして下さい」とコメント下さりますが・・・
勿論、無茶苦茶はしてはいけませんが・・・
少々痛くても、可動範囲を広げる為には、無理して動かさないといけないのです。( ̄▽ ̄;)
そうしないと、もっと痛いリハビリが待っています。
アスリートの方が、「1日練習をサボると、元に戻すのに3日掛かる」などと言われたりしますが・・・
おばさんは、1日固定すると、元の可動範囲に戻すのに3日掛かると思っているのです。
なので、骨折した翌日にオペをしましたが、その翌日から両手でタイピングを始め、時間は掛かっても家事も自分でするようにしてきました。
全て、リハビリで痛い思いをしたくないからだったのです。(^▽^;)(笑)
人間不思議なもので、これだけ意識していても痛かった記憶が残っているのか?未だに利き手でない左手を使うことがあります。
今日はお風呂に浸かり、手首を温めてリハビリしましたが、まだ全然可動範囲は戻りません。
でも、骨折後10日でこれだけ普通に生活できるのは、オペを選択し、直ぐに動かすようにしたからだと思っています。
27年前、息子は4歳9ヶ月 娘は1歳3ヶ月でした。
2ヶ月入院をしたので、家族は大変だったと思います。
子供たちも寂しい思いをしたとも思います。
しかし、今回の骨折でこの選択が出来たのは、27年前の事故の経験があったからです。
どんな経験も、『次に生かすことができれば無駄ではなかったと思える』と、今のおばさんは思うようになりました。(^▽^;)(笑)
☆コメント☆ おばさんのエネルギー源となってます。
お時間あれば、φ(.. )書き書きしてやって下さい。
宜しくお願いします。m(u_u )m
ランキングに参加しています。
ポチっとして頂けると嬉しいです。
いいね
もありがとうございます。






