自己紹介 前編 | I Love Me./セルフラブコーチ

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自分を後回しにしてきた女性へ向けて、静かな自信と愛を取り戻すサポートをしています

       自己紹介

 


5月、自己紹介を書きました。

実は自分で書いたのに

しっくりきてなくて。

何度も紹介ブログを書くのも…

と思うのを手放して😊

お付き合いくださいね😌



看護師歴20年。

ストーリーコーチング®︎認定コーチ

発達凸凹アドバイザー

メディカルアロマアドバイザー


3人の子供のママをしています。
大学生

高校1年発達障害グレーゾーン

小学4年食物アレルギー+場面緘黙(現在克服!)

それぞれ個性的な子供たちです。
今では、そんなふうに思えますが…




 



看護部長秘書として就職。

その後、看護学校へ入り直し

看護師の資格取得。





秘書時代から私は26歳くらいまで、

ホルモン注射をしていました。

なぜかというと





学生時代のいじめ体験から

目立たないように

自分に落ち度のないように、と

周りに気を使いすぎ

自分の意見は極力言わないようになり。






嫌なことも"いや!"と言えない

周りに合わせるようにしてきました。

大人になっても変わらず

正確には学生時代から

生理不順ではありました。






このままではいけないと

思い切って受診

(婦人科って行きづらいよね…)

病院ではストレスと言われていましたが

子供もできないかもしれない

と言われていました。



 


そんな私が結婚し

身体のことは

旦那さんには話をし。

治療を続けながらも

子供を授かり、本当に嬉しかった。




初めての育児に奮闘しながらも、

育児書通りに育っていくような娘。

毎日午前中は公園へ行き、

夕方のお散歩・・・

そんな風に過ごしていました。





そうしなければならない、

いいお母さんでいなくては、

自分を犠牲にしていた時期です。




 

娘が4歳のころ、二人目を妊娠。

その時に、主人の実家へ同居

ということになりました。

気を使いすぎる私でしたから

1階が義父母、2階が私たちという家。

静かに歩いたり、

なるべく物音を立てないように・・・

なんていう生活。





パートで看護師を続けていたので

出かけ際に、早くやめなさい

などと毎日言われてました。

これまたストレス。

そんな日々の中、

私のおなかにいた子は、

静かに空へ帰りました。

流産という、悲しい結果。





それから、義母からの風当たりが

だんだんと強くなり始めました。



「仕事辞めないから

こうなった」

「このまま仕事していたら

上の子もちゃんと育たない」

「保育園辞めて

幼稚園にしないと・・・」 




こんな言葉を毎日のように言われ、

精神的にも凹んでいたけど、

家にいたくないから仕事へ行く。





"私が我慢すれば大丈夫"

そう言い聞かせていましたが

もう無理だ!と

娘を連れて私の実家へ家出。

数日して、主人から

同居は解消しようと言ってもらえました。





 

それからしばらくして

2人目の男の子が生まれました。





3歳になっても言葉を発さない

着る服に強いこだわりがあり

気に入らないと癇癪

公園内では遊ばず

いつも柵の周りをぐるぐる回っている。





そんな子だったので、

変な子だと思われているかな

私が行くとみんないやそうな顔をする

そんな風に周りが見えてしまい

誰もいない公園を探しては、

子供と2人で遊ぶ日々。





このころ旦那さんは

単身赴任で週末しか戻らない

私はどんどん

殻に閉じこもるようになっていきました。





3歳半から療育に通うようになりましたが、
暗黒時代、ひどい精神状態でした。

いつも怒鳴ってばかり、

かと思えば急に涙が溢れてくる。



「なんでできないの!」

「なんでみんなと同じに

できないの!」


私は周りの人に本音を話せない

悩みなんてないよ、とふるまってしまう

いつも笑顔で外では過ごしている反面





家では

子供に対して、イライラがみがみ

半分脅していたんじゃないか

そんな風に思います。

イライラがピークに達したある日

タイトルにありますが



家の壁をパンチして、

穴を開けました。



続く…