ライオンズゲートの時期を抜け、

(この時期はひたすら眠かった)

 

上から降りてくる、

もしくは自分の内側から

やってくるメッセージは

「今までやってきた”上手な生き方”を捨てよ」だ。

 

 

 

今日も雨。

土砂降りではなかったので

買い物がてら近所を散歩する。

 

傘に降り注ぐ雨音を聞きながら

昨日に引き続き、鈴木大拙の講和の一説を

思い出しながら歩く。

 

”ソローはコンコードに住んだ偉大な哲学者、詩人、隠者など、

まぁいくつも顔をもった人ですが、

このソローは自分で小屋を建てましたが、

そこで暮らしはじめた頃は、人里離れていたのでずいぶん孤独感に襲われました。

しかし、雨降りの日にこんなことが起こった。

細かな雨で、本降りではなく霧雨に近い雨でしたが、

雨だれに耳を澄ませているうちに、なにか連帯感のようなものが感じられた。

それ以後は、孤独感がまったくなくなった、と書いています。

いわゆる無生物にすぎない雨だれとの間に、ある種の親近感を覚えたからです。”

 

うん、孤独は無かった。

私の意識も身体も、雨に溶け、水となり、水蒸気となり

地球のコアへ、成層圏を超え宇宙へと広げる。

そうして一気に現実の身体サイズに意識を収縮させる。

これが私にとって「今、ここに在る」状態を認識する方法。

 

「充足」と「安心」と「心地良さ」。

 

雨の日のトランス散歩。

 

 

抜粋引用) 鈴木大拙 『大拙 禅を語る―世界を感動させた三つの英語講演 (CDブック) 』

【正見】

耳で見て、目で聞く。そうすれば正しく見ることができる。

正しく、真実に、正確に聞くことができる。

 

 

 

今日は雨だからかな?

 

ふと、

仏教の教えにある八正道の1つ「正見(しょうけん)」について、

京都・大徳寺 禅僧 大燈国師(だいとうこくし)が詠んだ

和歌のことを思い出した。

 

「耳に見て 目に聞くならば疑わじ おのずからなる軒の玉水」

訳)

耳で見る、目で聞く。もしそれができるならば、軒から落ちる水の音が

どんなにか自然に響くことだろう

 

 

目を閉じると見えてくる

耳を塞ぐと聞こえてくる

雨音も内なる声も

 

 

和歌、訳 抜粋引用) 鈴木大拙 『大拙 禅を語る―世界を感動させた三つの英語講演 (CDブック) 』