去年末。
恒例のお礼参りへと家族で出かけた
神社にある中庭のようなこの場所が好き♡
神社に着いて、車から降りようとした時、
前を歩く老夫婦が目に留まった。
おばーちゃんの方は足を悪くしていて
引きずりならがテコテコ歩き、
それをおじーちゃんが手を繋ぎながら支えていた。
昔からこういう光景が好きだ。
あと何十年と過ぎたその日に、
この夫婦の様に手を取り合って歩けるパートナーがいるのはどんなに幸せなことだろうと
よく思ってた。
何気なく、隣にいる主人に
「私がこうなっても、手を繋いでくれる?」と聞いたら
主人は「繋ぐ繋ぐ!」と即答した。
続けて、冗談まじりに
「大丈夫か?杖いいやつにするか?車椅子もってくるか?(と言いながら歩く)」と言った。
じゅわっと目が熱くなって
まさかそうなるとは思ってもなかった涙を
恥ずかしいから笑ながら隠した。
鯉の隠れ家になっている橋
巷では
男(パートナー)を育てる方法
花束をくれる男に育てる方法
愛してくれる男を育てる方法…
そんなものが溢れている。
私も昔は
もっと良い男になってもらうための努力、育成にエネルギーを注いでいた時があった。
記念日にはお花とケーキと花束でしょ
私にこんな店が合うわけないでしょ
もっと愛して!
もっと私の事を分かって!
もっとちゃんとエスコートして!
もっと良い男になってよ!!
私の男なんだから!!
外側に流されて
幸せとはこういうもの。
良い男はこういうもの。と決め込んで
私を!私を!と上からパートナーを見ていた。
私が恥をかかないために
私が羨ましく思われるために
男を女から見て高得点に育てようとしていた頃の私は、
間違いなく、
ダサくて、しょぼくて、低レベルな女だったと思う。
記念日にはいつも花束をもって帰ってきてくれるようになった夫を育てたのは私なのか?
家事も育児も、私を大切にしながらこなしてくれる男になったのは、私が育てたからなのか?
家についたら「ただいま 」ではなく「今日も子供達をありがとう」といって部屋に入ってくる男になったのは、私がそう育てたからなのか??
男を育てる。それは本当の望みなのかな?
その男は、そんな風に思われる様な男なのかな?
そんな風にいる見ている男とセッ ク ス してて、気持ちいいのかな?満足するのかな?
あぁ。しょぼい。
本当に、しょぼい女だったよ😂😂
私たちはきっと
一緒に育み合った結果が、今の形になっていて
これからもこの形はその時々に合わせて育まれるんだろう。
私を満足させてくれる男に。
皆から見て愛されている女になるために男を育てるしょぽい女だったわたしより
何気ない会話に思わず感動して泣けてしまう。
今の自分のかけがえのないパートナーとして
同じ位置にいる人がいる。
そう思える事が嬉しく感じるわたしであって良かったな。幸せだなと心から思った。
こんな風に、心がぽかぽか満たされる経験を、今年はたくさんしていこう
♡♡♡










