こちらの記事で書いた新生児サイズの肌着が届きました♡
可愛い~😍😍😍
(笑)
実際に手にしてみて こうやって着せてみると
小さな体にピチピチにフィットした洋服がたまらなく可愛くて
何度も何度も
「可愛いね~♥️」って言ってしまう(笑)
その間、
こんなにも回りには無限に情報があるなかで
この腕も、目も、耳も、鼻も、
この肉体の全てをたった一人のこの子に注いでしまう。
あ~可愛いな~
なんって手触りの良い服だろう
買って良かったな
今 着せることができて嬉しいな♥️
あえて好きなものへ私を縛る。
縛りの中で存分に味わう。
このピチピチの服を着た3番坊を抱っこしながら
そう言えば
上の子達のときは2人とも真冬に産まれてるから
そもそもこんな風に
“ピッタリフィットの服で抱っこ”なんて経験自体がなかったな~。と…。
3人目にして初めての夏生まれ。
手足が出てる状態で新生児と過ごすのも初めて。
きっとこの服も
あと1ヶ月着せられるかどうか?な感じだけど
本当に買って良かったと思いました。
こういう経験を、
昔は「なんにもならない」って事にしてた。
外側への使い道がない。使えないものは
「なんにもならないもの」だった。
どんなに可愛いな♡って思っても
どんなに嬉しいな♡って感じても
外側へ、使えなければ(お金や人気に変換されなければ)意味がない。
いくつできたか?
何をやったか?
何年やったか?
何人産んだか?
いくら入ったか?
いくら使ったか?
他人からの評価、数字、
そういう外側のでの基準。
誰かへの証明のために私を使うのって
本当に苦しい!苦しい!
外側への使い道があるかないか?よりも
内側で“感じている事実”。
自分の中で“積み重なっていくこの気持ち”が
私が本当に得たかったものだった。
外側へ使うのではなく、
本当に得たいもののために
「自分を使う」のが正しい使い方。
正しい使い方ができると
宇宙はギフト、
本当に得るべき素晴らしい「経験」
を与えてくれる。
こうやって、もっともっと
本当に使いものへこの肉体を使おう。
今、本当に感じたいものへいっぱい注ごう。
たったそれだけで
こんなにも、どんどん世界が満たされる奇跡を
いっぱい体験しよう♡












