久しぶりのブログ

我が家の2歳児♀が悪寒から40℃の熱を出し、小児科受診→インフルエンザの診断

マスクを嫌がる2歳児のため、もらわないよう周りがマスクを着用して過ごした1週間でした。

おかげで、今のところ第2の被害者はおらず、平穏な日々を取り戻した我が家です

 

今日の話。

出かけた先で流れていたラジオ。

悩み相談の番組で、母親と思われる女性が相談していたのは、

“22歳の娘が、偽名を使うような50代の男性と付き合っている。止めることはできなと思っているが、そんな娘とどのように付き合っていけばよいのかわからない”

といった内容だった。


ラジオでわざわざ相談するくらいだから、苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて、でもその気持ちをどうすることもできないでいるのだと思う。

大切に育ててきた娘が、そんな訳の分からない男と付き合って、傷ついてしまわないだろうか、泣くようなことになってしまわないだろうか、そんなヒドイ目に合わせたくない、そんなツライ想いをさせたくない。

そうならないためには、娘に何をしてあげればいいのか教えて欲しい。

そんな気持ちだったのではないかと思う。

そして、そんな気持ちに共感してほしかったのかな、とも思う。

 

でも、回答者の精神科医が放った言葉は、

「何もしないで、放牧してください。何かあったら、いつでも戻ってきなさいという気持ちでいるといいですよ。」


「え!?このまま何もしないでいろってことですか?」

と、相談者の母親の、キョトンとした声。


…思わず、フッと声に出てしまった私。

 

そりゃそうだよね。

そんな、周りが見えなくなっている(と母親が思っている)娘のために何をしてあげれば目を覚ますことができるのかを考えて、でもどんな方法も娘には通じなくて、そんな娘を受け入れようとするけどやっぱり受け入れられなくて、どう付き合っていったらいいかわからなくなっている母親(※注  私の解釈です)にとっては、「何もしない」選択は、なかっただろうから。

娘に、何かできることはないか、あれはダメか?これはダメか?と色々模索していただろうから。

 

そんな、何か具体的な方法を示して欲しかっただろう相談者。

それに対し、見守る姿勢を示した回答者。

 

ラジオの相談番組と言えば、相談者の話を「そうですね~。それは大変ですね〜。では、◯◯したらどうですか?」なんて、相談者の意図に沿って解決策を提示していくイメージだったから、バッサリと放たれた回答は、私もビックリだった。

でも、爽快だったし、今の私なら、「そりゃ、そうだよなー」と思える。


親だから、子供のことは心配。

親だから、子供にはできるだけ辛い想いはさせたくない。

そんな気持ちは、よくわかる。

私にも、そんな想いはある。


だけど、親子だけど、親は親、子供は子供。

私は私、子供は子供。

今なら、そうやって切り離して考えられる。


だから、子供がヒドイ目に合おうと、ツライ想いをしようと、子供が経験すること。

そんな目に合いながら、そんな想いをしながら、子供は子供なりに成長していくだろう。

色々な経験をして、様々な想いをして、子供は子供なりに、自分の道を進んで行くだろう。

でも、どんな経験であろうと、どんな想いをしようと、「きっと子供達は大丈夫!」そんな風に、自然に思えた。


だから私は、親として、子供を見守りながら、いつでも子供が帰ってこれる場所でありたい。

子供達が、ツライ経験や苦しい想いをした時に、

いつでも帰って来れるような、

いつでも抱きしめてあげられるような、

いつでも相談に乗れるような、

いつでもそっとしてあげられるような、

いつでも叱咤激励をしてあげられるような、

いつでも憤りをぶつけられるような、

そんな場所でありたい。


うん。

私の、新しい目標だな


そんな場所になれるように、私自身も、子供達を受け止められるような器でありたい。

そんな器を広げておきたい。

そのためには…

私自身が、幸せでいることだな


母親が幸せでいないと、子供は素直な想いをぶつけられないみたいなこと、この前のノンストップで、仁さんも言ってたし

だから、やりたいことをやって、やりたくないことをやめて、私自身が幸せでいるようにしよう


子供が傷ついてもいいんだよー

その後に抱きしめてあげればいいんだよー

私も幸せになっていいんだよー


おわりつながるうさぎ