昨日の続きです。
今日は 世界遺産城壁都市内部です。
ジグムント3世の銅像です。
この右側には王宮があります。
王宮です。
ナチス・ドイツの時代キュ市街は85%はかいされましたが、
砕けたレンガを再生して、出来るだけもとの材料で、ポーラ
ンド人の誇りとして再建されています。
現地で買った絵ハガキです。1952年と現在です。
1952年になっても王宮は再建されませんでした。
旧王宮は戦後も長らく、爆破後の廃墟のままの姿でした、
旧王宮の復興を許可すれば、ポーランドには過去に社会
主義でない歴史が長くあったことを伝える証拠となってし
まうという、ポーランド統一労働者党(PZPR)政権の方針
によって、1971年まで復興が差し止められていました。
そして、旧王宮の再建が開始されたことによって、ワルシ
ャワの戦いの最中に、隠されていた美術品や装飾が再
び配置され、1970年代半ばより国立博物館の一部や
祭典会場として使われています。
王宮の内部です。豪華な造りで北のパリとも
言われた時代がありました。
よく再建したなと思うくらい豪華ですね。
選挙制度王でしたが王様でした。
旧城壁都市のグーグルより引用写真です。
次にワルシャワヨハネ大聖堂は
現地で買った絵ハガキからの引用です。
第2次世界大戦の前、1939年の在りし日の大聖堂ですが、
破戒された後は忠実に再建されず、モダンな建築物となりま
した。
次にマーケット広場は
破戒されたのが上の1945年の写真と、 (現地の絵ハガキより引用)
下が現在の写真です。
過去に王政が廃止されたときには、市
庁舎が建てられていましたが、選挙王
制になり取り壊されています。選挙と
いっても貴族と有力男子だけの投票
でした。
マーケット広場です。
下写真のOld Town Market Squareと書かれた所から
王宮方向を見たところです。
右端のみどりの+方向に行くと王宮に行きます。
左の方にカメラを回すと
さらに左にカメラを回すと
この左側の建物は
1945年の破壊されたときと、現在の様子です。
玄関が忠実に再現されています。
今日はここまでで、明日は後編です。
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