二条城の紹介5 本丸御殿内部 | みどりの木のブログ

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3日おきに更新しています。

昨日の続きです。
本丸御殿が、京都御苑にあった桂宮邸を
移築したものですが、その内部などを紹介
します。
桂宮家は、安土桃山時代に創設され、明治時代に断絶しました。
主な所領が平安京近郊の桂周辺にあった。石高3000石余は
宮家中最大でした。
桂宮家は正親町天皇の第一皇子である誠仁
親王の第六皇子・智仁親王を祖とします。
智仁親王は初め豊臣秀吉の猶子となりますが、秀吉に実子が
生まれたため豊臣家を離れて、あらたに秀吉から邸宅と知行地
(桂周辺にあった)をもらい桂宮家を創設しました。
智仁親王が作った別邸が桂離宮です。本邸跡は今も今出川通
に面しています。


今出川御門から南側を撮影しました。
道路の左側が桂宮邸跡です。


桂宮邸跡に残る門です。
この中にあった建造物が、二条城の本丸に移築されました。

今の京都御苑の絵地図です


桂宮邸跡の位置は赤で囲んでいます。


今はその内部が、宮内庁職員宿舎の敷地として、使わ
れており(内部には仮に複数の平屋の公営住宅が建っ
ている)、そして内部は非公開です。
桂宮邸には桂離宮を築いた初代智仁親王が造営した
庭園および池が完全に残っており、建物と同様に日本
にとって貴重な文化財です。
しかしその庭園も、近年、宮内庁職員ための公営住宅
を新設するため、取り壊される危機にありましたが、最近、
閑院宮邸が復元整備され一般に公開されて話題を呼ん
だので、桂宮邸も宿舎を移設した上で、復元整備して欲
しいですね。
桂宮邸は幕末には火事のために、孝明天皇の仮皇居と
なっていたこともあり、皇女和宮親子内親王はここから、
江戸へ嫁いでいます。


京都市観光協会で出している小冊子「元離宮二条城・
本丸御殿」から御殿内部の写真を、一部引用させてもらいました。

玄関からです

この内部は


玄関の内部です。


次に台所です


台所です。

次に書院です

書院の四季の間は、
歌会などに使われました。

次に御常御殿


一部3階になっています。
2005年ぐらいから、耐震不足で公開されていません。
私は早急に耐震補強すべきと思います。

御常御殿の1階


一の間から三の間



御常御殿の御座所です。



御常御殿の3階の座敷です。




御常御殿から二条城の本丸庭園を見たところです。



次に

二条城二の丸の北中仕切り門の少し北②に
紅白の椿が咲いていました。


私は見たことがない、
めでたい紅白の椿ですので、もう一度UPしました。


次は、北中仕切り門を北側から撮影しました。


門を抜けて


北中仕切り門を抜けて、南側から撮影しました。



今日はここまでです。
明日が二条城の最終回です。
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