何でデザイナーなんて特殊な職に就くことになったのか④華の女子大生編
おはこんばんちわ〜![]()
今更かよ!誰も覚えてないよ!なシリーズの続編です![]()
この回で終わります!
女子高生の時、某アーティストの追っかけでビジュアル系ファッション
という時点でかなりアレで可哀想な人種だった少女いちてり。。。
働くことが好きで好きで、週5くらいで掛け持ちバイトして、
稼いだお金は全額アーティストにつぎ込むという
痛々しい青春を送ってきました。笑
ツアーがあるっちゃあ全通(全部のライブに参加することw)したくて
北海道から沖縄まで走り回り、
ツアーグッズは各1は欲しいし、
なんならお気に入りの品は保管用も買う。みたいな。
あの頃使ったお金の総額、300万はくだらないな。。。![]()
ライブハウスでうまいこと最前列に潜り込む方法とか、
格安で全国を回る方法とか、300万をつぎ込んだ知識を
惜しみなく講座にでもしようか。。。笑
余談ですけど、そのアーティストが知人に
5000万円を騙し取られたってニュースをみたときは、
「その一部は私のつぎ込んだ金だ!!!
」
ってオタクたちがざわついたよねwww
こんな衣装の彼に全てを注ぎ込んだの。。。(注:画像はフィフス・エレメントです)
前置きが長くなりましたが、
そんな青春時代を送ってしまったせいでしょうか、
もちろん高校生時代に彼氏なんぞできるわけも無く、
むしろまともに人を好きになることすらしてこなかったので、
女子大生になった当初は恋愛なんぞには興味が全く無く、てゆうか諦めてた。オタクすぎて。
アーティストへの興味は多少薄れ落ち着いたものの、
今度は美大での制作活動にのめり込んでいきました。
ちなみに私が入学したのは①幼少期編で親から刷り込まれていた美大です。
まんまと入りました。
そんな私はデザイン学科プロダクト専攻。
プロダクト=立体物 のデザインをします。
立体物というとオブジェとか
家具とか
こんなん作るところです。
そこで私は木を専門とし、
ホームセンターに行ってはコンパネを大量に購入し、
レンタルした軽トラを運転して大学までの道のりを往復する、、、
しかもこんな出で立ちで↓
そんな女子大生でした。
うん。モテる余地がない![]()
けどその分成績はよかったですよ。
当時から決めていたことは、
「自分の作りたいものでは無く、先生の欲しいものを作る」
学校の先生をクライアントに見立てていたんですね。
美大生って割と、というかかなり自由人が多いので、
なんなら先生の言ってる内容聞いちゃいない人もいるんですよ。
その中で、先生の求めている課題はなんなのか?
ここばかりを考えていたので、そりゃあ成績優秀でした。
でもそれは、媚を売りたいとか、
いい成績を取りたいとかそういうことでは無く、
求められていることに応える面白さ
これをゲーム感覚で楽しんでいたように思います。
周りがアーティスティックな友人が多い中で、
一人だけ違う視点で物作りをしている自分。
こりゃあアーティストでもなければ
カリスマ的なデザイナーになるのも違う。
私は企業デザイナーとして、
求められたものを確実に返せる力がありそうだ。
そう思って、一般企業のデザイナーとして就職することを決めたのでした。
ちなみに、大学でプロダクトを専攻してたのに、
何で今はグラフィックデザイナーなのかと言うと、
単純に就職先が無かったからです![]()
求人情報を見ても、プロダクトデザイナーの募集は
グラフィックデザイナーの10分の1程度。
更に新卒となると、まずどこも募集して無かったんですね。
プロダクトはグラフィック以上に男社会なので、
今になるとなれなくて良かったって感じですけど、
もし男に生まれ変われるのなら、ゴリゴリのプロダクトデザイナーやってみたかったなぁ。なんて。
それを埋めるためにc✳︎ampで椅子の脚切ったりしてるのかもしれませんね。笑




