ブログって残るからね~…
分かってるよ。
でもさ、書くよここに。
私は 家事が大嫌いです。
大嫌い!!!!!!!!
なんでしなきゃならないの?!
なんなら誰かがやってくれるものだと思ってます。
やってもらって当たり前だとも思ってますね、はっきり言えばね。
そんな私が結婚してどうして家事やってられるのか。
子育てしながらおうちごはんしてられるのか。
しなきゃならない。
生きて行くには当たり前だから。
だから 仕方なくやってます。
料理が嫌いな訳では無い。
作った料理を食べるとはっきり言って自分で作った料理が世界一美味しいって思います。笑
でも、作ってもらえるなら作って欲しいです。
掃除も 仕方ないからしてます。
綺麗な部屋は気持ちいいから。
でも、掃除機掛けながらイライラします。
なんでしなきゃならんのよ。。。と。
料理も目の前で寛いでる家族とかいたら正直腹立ちます。
洗濯も全部誰かにやって欲しいです。
乾燥機使ってるから今は干すイライラから解放されてるけど 畳むのとか本当に面倒です。
たたみ始めると楽しくてやってるけど、同じくイライラもします。
おしゃれ着とかはクリーニング出せば良いのに 汗の匂い消えないし 自分でやった方が良いってなるけど、本当に面倒でイライラします。
笑
凄いでしょ?
この感覚。
これさ、
なんでだろって思ったんだよね。
それで気付いちゃったんだけど、うちの母親は口癖の様に言ってたんだよね。
『3度の食事を作ることほど嫌な物はない。』
凄いでしょ?笑
でもさ、育てられてる時はそれが教育として私に根付いたんだよね。
へぇ~、ご飯作るのって面倒なんだ。
やりたくない事が毎日必須の事なんだ~。
お洗濯もそう。
『全自動は綺麗にならない、おしゃれ着をクリーニングにだすなんてし無い。スーツやコートくらい。コートも洗えるなら自分で洗う。』
そう言う母は 二層式を今でも使い、お風呂のお湯でまず濯ぎ洗いして、絞って、それから洗剤を入れて洗います。
すすぎは2回。
干す時は手でパンパンとそれはそれは綺麗に干す。
父親のワイシャツをクリーニングに出したの見たことないです。
残りご飯をお鍋に入れてノリを作り 洗ったワイシャツを糊付けして スーツの仕立屋に務める経験を持つた母は 重いアイロンでピッチりとアイロンを掛けていました。
私が中学の時ブレザーの制服だったのですが、ワイシャツは毎日自分でアイロンしてました。
高校生の時は夏物のセーラー服も。
嫌でしたね~。
でも、かけないと着るもの無いですからね。
イヤイヤ掛けてるけど技術だけは上がりましたよ。笑
掃除も母は気付くと家中を水拭きで床拭きしてましたね。
疲れ切って仕事から帰っても お風呂に入る前に。
でも、手伝う事は無かったです。
イヤイヤ怒りながらやってる母をこれ以上怒らせない為にはどうしたら良いかとか考えられない。
静かに部屋に居ました。笑
お米研ぐのだけは私の仕事としてやってましたね。
帰ってきた母親が喜んでくれたから。
それが嬉しくてやってましたが、ある時やらなかったら怒られて いつしか怒られたく無くてやってる。に変わりました。
父親にも良く怒ってました。
やってくれない事をね。
そんな中で育ったから 家事をするのは苦痛な物で仕方なくしなきゃならない と思って大人になりました。
早くに結婚して 旦那に美味しいご飯を作ってあげたけど 心のどこかで なんで旦那は作れない?なんで私がやらなきゃならない?と旦那を責めている私がいました。
手伝って当たり前としか思いませんでしたね。
手伝わなければ責める。
自分のためでしょ?!と。
↑これ、正に母の口癖。
でもね、旦那の実家に行くと それはそれは楽しそうにお料理を作る義母さんがいたんですよね。
大変と言いながらも、旦那が子供の頃に作った料理の事を楽しそうに話す。
え?
何?この世界。
って思いました。
だからなのか、無意識レベルで旦那の実家が心地よかったですね。
たくさんのお料理が出てくるし みんなで豪快に食べるの
好きなだけ食べ~
って感じでした。
男3人育てたかぁ~ちゃんはたくましい
そんな感じです。
でもね、うちの母親の料理がまずかったかと言えばそうでは無いんですよね。
まず出来合いの物は食卓に出ませんでしたね。
シュウマイを買ってくる事とかはあっても トレーのまま出されたことも無い。
そして おかずはたくさんのありました。毎日毎日。
お弁当も手作りでした。
買うって事は一度も無かったです。
納豆をパックのまま混ぜて食べる旦那に衝撃を受けたのは忘れられませんでしたからね
笑
母親の料理はとにかく品数が多くて 手間と時間が掛かる。
いや、でも、手際があまりよろしくない。笑
手際良くやる私からすると丁寧過ぎて時間が掛かる。
そんな感じです。
だけど、ご飯でも何でもレンジでチンして出てくる事は一度もありませんでした。
ご飯はちゃんと蒸す。
全て手作りでしたね。
これらの事を書いてるとね 本当うちの母親凄いな~と尊敬します。
でも、尊敬できない所もあるんです。
それはね、
やってることを楽しんでない。
全て イヤイヤやってる。
仕方なくやってる。
まさに私がブログの最初に書いた感情です。
はっきり言ってやりたくない。
でもやらなきゃいけない。
やるべき。
それが常識。
誰もやってくれないから私がやらなきゃならない。
…
………
いや~ 苦しいと思いますよ。
だからね、 その呪文を聞いて育った私は 嫌だな~と感じながらも
母と同んなじ事を思い、
苦労してる自分が偉い。
誰もやってくれない。
私がやらなきゃならない。
褒められて当たり前。
そんな風になんの疑問も持たず ただ生きにくさだけを感じ生きてました。
そんな中 子供が生まれ その思いはどんどん強くなりました。
当たり前だよね、子供は自分の中のそんな所を鷲掴みにして ほらママの感情だよん
なんて目の前に差し出すんですから。
↑あ、イメージですよ。笑
子育てしてて 子供にイライラしたりするのはね 結局自分の中のそーゆーエゴの部分を見ない振りしてるんだよね。
嫌だけど 心は隠せずドロドロ出て来てる。
だから、それを見せられて 嗚咽ですよ。お・え・つ。。。
泣きまくり。
そんな自分に。
そして、嫌だと思ってるのに 同じ事を子供や 家族にしてる自分に。
母の口癖
それは呪文だよ。
そしてその、魔法にかかっちゃったの。
だからね それは違うよね?
そして、なんか違うって思ってたけど 大好きな母の言葉だからそうだって思ったし その方が楽に生きれてる気でいれたんだよね。
って 少しずつ少しずつ自分と向き合うの。
苦しいけどね。
でもね、それを認めて癒せるのって 自分しかいないんだよね~。
時間はかかりますよ。
それでも 泣いてる自分を子供に見せて どうしてなのか 伝える事ってすごく大事なんだよ。
そこでまた気づきがあるから。
子供はね それを気付かせてくれる。
でもね、ここで間違っちゃいけないのが 子供はね気付かせる為に生まれて来たんじゃないんだよ。
子供は 自分の人生を生きる為に生まれて来たの。
あなたを気付かせた事が我が子であったのは単なるキッカケでしか無いって事。重要だと思うな。
だから しっかり感謝して そして 子供には子供の生きやすさを与えて欲しいと思います。
私の今の家事への気持ちは
生きるため 家族が集まるこの空間が心地よいものになる為 そしてなにより自分自身が気分良くなる為に 必要なお仕事。
そう感じます。
そんな風に思うと 家事を手抜きしたって なんとも思わないの。
ぎゃー
部屋が汚くてイライラする~!
なんて思っても、
あ、今って必死に育児してるんだな~。
ふふふ、面白い。
できない状況の私がここにはいるんだな~。
って感じたりします。
当時の私は 人の為にやってあげてるって恩着せがましくしていましたわ…
自分が満たされて無かったんですね~。
だから、そんな時はまず自分を満たして欲しいな。
今の私の自分を満たす家事は、作りながらつまみ食いです
つまみ食いが止まらなくなって 半分食べそうになることとかあるある。笑
でもね、子育てしてると なかなか いただきますが出来ないとかあるでしょ?
椅子に座ってもらうまでに時間かかるとか、 食べ始めても 食べさせてあげないと自分の食事が出来ないとか。
そうすると 本当イライラするんだよね。
お腹空いてる時は特にイライラしません?
ま、人によると思うので ぜひ自分はどんな時にイライラするのか観察してみてね。
私の場合はお腹空いてる時の食べれないイライラはやばいって理解。笑、
でも、ここでも 母親の呪文があったんだよね~。
ERUちゃん!みんなでいただきますするまで何で待てないの?!
まったく、、、子供生まれたら子供に食べさせるよりまず自分ねERUは
なんて良く怒られたものです。。。。
うーん、怖い呪文です。
母はね、お行儀を教えてくれてたんだよね、そして、子供に先に与えなさいって教えてくれてたんだよね。
でも、そうしなきゃならないと縛り付けられた私は 苦しかった…
だって、食べたいんだもん。
満たされてないんだもん。
人より先に食べる事は 自分が否定される事だと感じていたよね。
でもね
そのジャッジをしたのは母。
私は違うんだよね。
自分の心のグラスにたくさんの愛情を注ぐのは自分なんだよね~。
以前そんなお話をブログに書きましたよね。
スカスカのグラスの自分がいくら子供や家族に愛を注いでも 満たされ無いし 苦しいだけなんだよね。
愛情は自然とグラスから溢れ出て注がれるものなんですよね。
話はもどるけど、なので家事を楽しむコツの私バージョンは つまみ食いし放題です。笑
そしたら満たされて イライラしないんだもん。
笑顔でお料理作れます。
それを見て息子も 食べにくるよ。笑
それでもいいじゃん。
つまみ食いしちゃダメって決めたのはうちの母なだけ。
常識でも何でも無いよね。
ちなみに、これはご飯作ってる人の味見。そしてつまみ食いって息子も認識してるよ。
保育園でいただきますの前に勝手に食べたりはしませんからご安心を。笑
つまみ食いして自分が満たされてるとね、食事が楽しいのよね。
作った人も笑顔でいたら 食べる側も嬉しいと思いませんか?
だから、いらない感情は手放しましょう。
ジャッジする自分に なんでそのジャッジが窮屈に感じるんだ?って考えてみるといいでしょう。
生きにくい、子供に対してイライラする。
そう思う時は 自分が気付けるチャンスかもしれませんよ。
最後に私の大好きなアレクサンダー・陽子さん(代替医療師バニラさん)がFacebookにUPしていた子育てに関する投稿を載せたいと思います。
素敵言葉だから感じてみてね
↓
子供の子育てについての いい言葉はたくさんあるんだけど
気に入っているものの中から ひとつ 紹介したいなぁ
『子供について』By カリール・ジブラン
あなたの子どもは あなたの子どもではない
彼らは生命そのものが望んだ息子と娘である
彼らはあなたを通して生まれてくるが、
あなた自身から生まれるのではない
彼らはあなたと共にいるけれど、あなたの所有物ではない
あなたは彼らに愛を与えても、思想を与えてはならない
彼らには彼らの考えがあるのだから
彼らの肉体を住まわせてあげなさい、
しかし彼らの魂を縛ってはならない
彼らの魂は未来の家に住み、
そこに、あなたは夢の中でさえ訪れる事はできないのだから
あなたが彼らのようになろうと努力するのはよいが、
彼らがあなたのようになることを求めてはならない
なぜなら、人生は後戻りすることなどなく、
昨日という過去に留まることさえないのだから
あなたは しなる弓なのだ
そして 子ども達は放たれる矢
弓の射手は無限の彼方にねらいを見定め、
力強くあなたをしならせる
それでこそ矢はすばやく遠くへと飛んでゆけるのだ
射手にゆだね喜んでしなるがいい
飛び行く矢は愛されている
そしてまた そこに動かぬ弓もまた愛されているのだ
訳)わたし Yoko Alexander
翻訳されたものあるよ、ただ訳があまり好きじゃないのん 笑
―カリール・ジブラン『預言者』(佐久間彪訳、至光社、1984年)
子供は ひとりの人間だからね
私たちは そこにいるだけ
シェルターを与え 失敗のフォローをし
勇気づけ 愛して 放つ
そして その中で 私たち親も 多くを学ぶのだと思う
私も まだまだ 修行中 ^^v
『On Children By Kahlil Gibran』
Your children are not your children.
They are the sons and daughters of Life’s longing for itself.
They come through you but not from you,
And though they are with you yet they belong not to you.
You may give them your love but not your thoughts,
For they have their own thoughts.
You may house their bodies but not their souls,
For their souls dwell in the house of tomorrow,
which you cannot visit, not even in your dreams.
You may strive to be like them,
but seek not to make them like you.
For life goes not backward nor tarries with yesterday.
You are the bows from which your children
as living arrows are sent forth.
The archer sees the mark upon the path of the infinite,
and He bends you with His might
that His arrows may go swift and far.
Let your bending in the archer’s hand be for gladness;
For even as He loves the arrow that flies,
so He loves also the bow that is stable.
以上です。
素敵な言葉だよね。
子育て己育て。でもね、それを子供に背負わせてはならないととても思います。
だって あなたを救う為に生まれたんじゃない。
子供は 自分の人生を送る為に生まれたんだから。
だから、しっかり気付けたキッカケをくれた我が子に感謝はして 親も前に進みましょう。
今ね、私は母をとても愛しています。それは変わらない。
だって愛されて育った事に偽りはないから。
愛されたい愛されたいと思っていたけれど こんなにも愛されていたと気付けた今は ありがとうって気持ちです。
だって、 子育てしてたら分かるよね、愛されてなければここまで育ちません自分。笑
だけど、家事に対する母の感情は母の感情として 境界線をちゃんと引いています。
まだまだたまにそれをガシガシ越えてくる行為に 感情揺さぶられてイライラする時はありますし その反動で ズドンと全身疲労感になるって事もありますけど、そうなると気付けてる自分がいるので前に進めています。
親であれ 境界線をちゃんと作るのは大切です。
でも かけがえのない大切な家族・親です。
こう思えるまで何年もかかったけど 必要な時間でしたし これからもまだまだ修行中です。
今の私をここに記しておきますね。
それでは。
ERUでした。
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