続きです。





ここで少し家庭の状況整理


私は3人姉兄のいちばん下
姉とは8歳、兄とは6歳離れている



兄との間に3つ上の姉がいたが
1歳くらいで火事のため亡くなった
なので、私の続柄は三女だ



歳が離れて生まれて
なおかつ親戚中でも
いちばん年下だったので
大人の世界で育った



夫婦の仲も悪く
祖父母にも疎まれていた母
私ができたとわかった時
反対されそうだったから
堕胎できなくなるまで黙っていたそうだ



案の定、父に何で産むんだと
怒鳴られたらしい
産気づいた時も
産院に連れて行ったのは近所の人だった



けれど、生まれてからは
父、祖父母に
とても可愛がってもらった



私の母に対する認識は
何だかとても特別に大好きな
お手伝いさんだと思っていた



それほど接する機会が
少なかったということだ



けれど、病気をすると
大好きなお手伝いさんが
病院に連れて行ってくれる



そんな意味からも私にとっては
病気は身を助けるものだった



祖母は後妻さんで
祖父と20歳離れていた
意地悪ばあさんを地でいくような
相当な変わり者
祖父と顔を合わせればケンカばかりしていた




明治生まれの祖父はとても豪放磊落で
この地で安い土地を買って
事業を興していた



情に厚くお茶目で豪快で
とても優しく大好きな祖父だった



祖父の葬儀の際には
親族と名乗る人がとても多く
本家の孫の私でさえ
親族席に座れなかった



情の厚さゆえ
いろいろな人を
面倒みていたのだそうだ



牛牛牛



田舎町での事業は
何かあれば「工場んち」と噂され
世間体を気にしないとならなかった



私は愛想がいいので
誰にでもよく挨拶するわ面倒みるわで
祖父母によく褒められていた



家の中はギスギスでバラバラ
大人同士は一触即発
その間を笑顔で縫うのが私の仕事だった
優秀な姉はまじめ担当
兄は案の定グレた



中学の時
「あなたを見ていると、
どんなに仲のいい素敵な家庭なのか、
手にとるようにわかるわ」
としょっちゅう褒めてくれる先生がおり



どれほど私が取り繕っていたかが
わかるエピソードの1つとなっている



「えへ❤️」とごまかしていたけれど
そのたびに月を見ながら
誰にも言えずに泣いた





父シリーズは④まで続きます