お世話になります。凸凹家の母さんです。



お立ち寄りくださりありがとうございますキラキラ







今回は長いので続きモノにします

何故なら、今気付いた感動のままに

書き綴りたいからです






私の父は少し前から

脳出血で倒れ入院している




頑固な父で

子どもたちの世話にはならないと

頑なに決めており




今回病院に運んだのも

父の友人だった

子どもたちに連絡のひとつもせずに




同居していた兄たちが知ったのは

その日の夕方

慌てて駆けつけてくれた




この時点で

頑固さや少し変わった感じが

おわかりいただけるだろう




傘傘傘




私が幼い頃は

言葉も習慣も違う地方から嫁いだ

ぶっ飛んだ中身の母を

いかに守るかに終始していた




父とも仲が悪く

母は私に

「白いご飯と混ぜご飯どっちがいいか聞いて」

と声をかけ

わざわざ私が

隣にいる父に全く同じことを繰り返し

返事を私の口から母に伝える




目なんて合わせないし

直接喋ったところなんて見たこともない

父は逆毛を立てるほど母を嫌っていた




当然、こどもの私には

父は悪者でしかない




母のルーズなところや

突飛なモノの考え方

そりぁ嫌われますな凝視

とは理解はできたが




私にとっての父は

お金や物を買ってもらう人でしかなかった




龍龍龍




大人になり働けなくなった今

どうしても足りない分を

父に助けてもらったり

たまにお小遣いをもらっていた

未だに成長できない45歳は




父が倒れたと知った時

心配と同時に

あ、どうしよう、もう甘えられない

だった




今は父も母もただ合わなかった

二人の言い分もわかると

中立の立場を取っていたつもりだった




フタを開けたらそんなことを思うなんて

本当に情けないな

自分が嫌になる




ご時世的に会いに行くことも叶わず

兄嫁が諸々をしてくれる中

どうに手を出したらいいのかもわからず




「何かできることがあったら言ってね」

それって言われた側は

何かあっても言いづらいよね




そんなことに気づいて

思い切って

具体的にやれることを提案してみた




結果、介護の経験がある私が

介護担当となり

車で1時間かかる病院と

やり取りが始まった