私、水越誠の妻である水越敦子が2016年12月14日(水)夜、亡くなりました。
本日12月16日(金)、最後のお別れをして1ヶ月振りに帰宅しました。
本人の希望により葬式は身内のみで執り行い、また自身の死は葬式が済むまで誰にも伝えないでほしいという希望の通りさせていただきました。
2年7ヶ月前の子宮体癌の治療から始まり、肺への転移が見つかってから入退院を繰り返しながらも病気と上手に付き合ってきました。ですが通常の腫瘍とは異なる肉腫というものだったこと。そして転移した先が肺の難しい場所だったこともあり今年の夏以降は咳や呼吸の苦しさ、そして胸水に悩まされるようになりました。
ここ2ヶ月は病状の悪化や体力の低下もありかなり辛かったようです。食事もとれなくなり歩くのも困難になったため先月の頭に緊急入院し、病状を安定させるよう努めしました。その甲斐あって少しではありますが食事をとれるようになり、支えがあれば歩けるようにもなりました。入院後半には僕が作って持っていったオムライスや豚汁なんかも食べられるようになりました。このままもう少し体力が戻れば温泉旅行ぐらいには行けるかな。なんて話していた時、主治医より緩和ケアに移ることを進められました。
通常緩和ケア病棟はすぐに入れることは少ないそうですが運良く直ぐに転院することが出来ました。が、体調は目に見える速さで悪化していきました。これまでは見舞いに行くとベッド上に座って話していたのが横になったままになり、私が帰る際もエレベーターまで見送りに来ていたのがそのままベッドで見送りになり。この頃、本人は自分の余命をある程度は悟っていたのかも知れません。
今週月曜日に緩和ケア病棟がある病院へ転院しましたがこの頃には呼吸がとても辛くなり、会話も苦しくなってきました。これまでならこういった状態になっても翌日には回復していたのですが火曜日になっても少し安定しただけで依然苦しそうでした。急変のリスクもありましたが本人の強い希望により胸水を抜いてもらったところ呼吸はいくらか楽になったようです。この日、病棟より特別に許可をいただき、約1ヶ月振りに同じ部屋で寝ることが出来ました。
翌水曜日、昼間はビックリするほど元気で横になったままながらもいつものように話が出来ていました。胸水を抜いたことと痛み止が上手くあったおかげでしょう。見舞いに来ていたお父さんが帰る際も元気だった時と同じような口調で見送っていました。
夜、猫の世話のため一旦帰宅。その日も病室で泊まる予定だったのでその準備をしていたところ病院より緊急の電話がありました。そのまま息を引き取りました。
最後の3日間は本当に苦しそうだったのですが、最後の日は少し呼吸も楽になっていたようで表情はいくらか柔らかいものでした。
生前より敦子は故人に対する一番の供養はその人を忘れないこと。時々思い出してあげることだと言っていました。どうか皆様も時々敦子のことを思い出してあげてください。