今日は
大阪フェスティバルホールで
渋谷慶一郎さんの『Androidオペラ』
『MIRROR』解体と再生
を、友人がお誘いくださり観劇してまいりました。
オーケストラと高野山の僧侶たち
20名の声明は胸に染み入りました。
このお話は
渋谷慶一郎さんの妻Mariaさんが
自死にて亡くなられ
そのMariaさんをAndroidとして蘇らせたものです。
Androidのマリアの歌う
電子で作った歌は
悲しみや生きる意味や
力をうたっていました。
レクイエム「鎮魂歌」だと感じました。
解体と再生という副題の通り
悲嘆を芸術にて昇華させ
永遠の命を吹きこんだと感じました。
昨日、TVで
京都のお寺に
緑のポストがあり
グリーフを持つ方が
お手紙を入れに来るというお話で
最近は沢山お手紙をいただくようになり
お彼岸にはお焚き上げをされるのだそうです。
私もグリーフに関しては
やりたいことの一つなので
庭ができたら
私もやってゆきたいと思ってます。
グリーフ(悲嘆)は
喪ったもの全てが対象です。
人も動物も
家も人も肉体も全て
対象になります。
喪うというのは
私たちに特別な感情を与えます。
それは、決して簡単に
解決できる問題では無く
私たち1人1人の中で
感じ取っていく。
悲しみは無くならず
悲しみは悲しみとして受け入れ
死と生を語り、
繰り返していくしかないものです。
それをまざまざと
感じさせていただきました。
ふと
草間彌生さんの
『永遠の永遠の永遠』という言葉を
思い出していました。
永遠にするこころの作業を
是非ともしていかねばならないと思います。
もうすぐ、グリーフの庭ができあがります。
悲しみを吐き出してもらえたら
そして、永遠にする力に変えてもらえたなら
本望です。
マリア



