お疲れ様です。


今日グリーフヒプノセッションでした。

会場とオンラインで

させていただきました。


すこし、シェアさせていただきます。

今日は

忠犬ハチ公の

ハチの話をさせていただきました。



ハチは毎日同じ場所で、大切な人を待ち続けました。

けれど、その人は、もう二度と

来ることはありませんでした。


人々は言います。

「もう亡くなったんだよ」

「もう待たなくていいんだよ」


でもその犬は、待つことをやめませんでした。


ここで、私はいつも問いを投げかけます。

ハチは不幸だったのでしょうか?


グリーフ・ケアの現場では、

「前に進めない」「忘れられない」

そう語る方がたくさんいます。


けれど、

忘れられないこと=病気

前に進まないこと=問題

なのでしょうか。


この犬は、

泣き叫んだわけでも、

暴れたわけでもありません。


ただ、

愛していた関係性を、

今日も生きていただけでした。


グリーフとは、

「悲しみ」ではありません。

失われた人との関係性を、どう生き続けるか

その問いです。


この犬は、

現実を否定していたのではありません。

愛を否定しなかっただけなのです。


ハチは、死を理解できません。

でも、愛を覚えています。

これは、とても重要なポイントです。


人はよく

「現実を受け入れなければ癒えない」

と言います。


でも実際のグリーフでは、

現実を“理解すること”と、

心が“追いつくこと”は別です。


ハチは、

「もう来ない」という情報を

頭では理解できなかったかもしれません。


でも、

「一緒にいた」という記憶は、

体と魂に刻まれていました。


グリーフの人も同じです。

思考は理解している。。。

でも感情や身体は、まだそこにいる。


それは異常ではありません。

愛が深かった証拠なんです。


ハチの場合、周囲の人々が変わっていきます。

ハチを排除しなくなり

守るようになり

見守る存在になる。


ここに、

本当のグリーフ・ケアの姿があると思います。

癒されるべきなのは、

当事者だけではない。

社会全体が、喪失とどう共に在るか

それが問われているって事だと思います。


グリーフとは、

悲しみではありません。

グリーフとは、

終わらなかった愛の形です。


心がそこに留まるのは、

弱さではありません。

それは、

大切な関係が

今もあなたの中で

生き続けている証拠です。


毎日同じ場所で

大切な人を待ち続けた犬がいました。


その犬は、

悲しんでいたわけでも、

絶望していたわけでもありません。

ただ、

つながりの中で生きていたのです。


待っていたのではありません。

一緒に生きていたのですよ。




2015年

東大の構内に

ハチが上野教授をお迎えに行き

逢えた銅像が建てられました。


みんなの願いが

この像を作らせたと思います。


そして、この

ハチの顔を見てください。

本当に嬉しそうです。



幸せなハチはここにいます。


みんなの可愛いあの子も

きっと

きっと、同じです。

いつもあなたを見守り

あなたに寄り添い

嬉しい笑顔を見せてくれますよ。



愛は伝わるのですから







マリア