9年前の記事がFacebookで
上がってきた。

名草濱宮
当時テーマが来ると
神社に行っていました。
この頃は倭姫の巡礼地を祈りあちこちに
行っていたころでした。

当時記事
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和歌山へ行きます。
濱宮に行くために。
奈久左濱宮は倭姫巡幸の一つ
前に行った気もするが、写真がないので
撮ろうと思います。
で。。。
朝、ふと和歌山の仲間に連絡しようかなと
思ったら、メッセージをくださいました。

「夢を見ました。
水族館近くの海辺でたくさんの人が
集まって海に向かって、下敷きみたいな
お餅を沢山なげていました。
海なのに、たくさんの人が向こうに
集まっていました。
朝、マリアさんにメールしようとしたら
エルトゥールル号の遭難事件の話がラジオから
流れてきました。」

と。

実はこの和歌山の仲間は
お母さんの実家が鈴木さん
熊野三党のひとつ。
古い家で、昔は潮岬の広い土地の
お屋敷に住んでいたそう。

昨日娘に
和歌山の友人は
熊野三党のひとつの
鈴木さんの血筋で
エルトゥールル号の遭難時にも
ご先祖が助けに行ったらしいよと
娘に話していた。
いまはお幸せな鈴木さん
先祖の徳が返っているね。
そう話していました。

和歌山に行くのが決まったから
エルトゥールル号の方が呼んだかな
待ってるのかも
行ってきます。
亡くなったみなさんに手を合わせてまいります。

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名草濱宮

こちらは倭姫巡行の一社です。









9年もたちましたね。


今朝も感謝しつつ

先人の意識に手を合わせたいです。   


トルコの船、エルトゥールル号は

和歌山沖で座礁して

たくさんの方が海に投げ出され

亡くなられましたが

泳いで助けと欲しい来たトルコの方を

串本の方は自分たちの

食べものや、着るもの

無くなったら困る食糧まで

全ての手を尽くして助けたそうです。

映画にもなっていましたね。

そんな歴史があり

忘れられてしまったか?という時がすぎ


そして、 1985年イラン・イラク戦争時

攻撃48時間前に迫ったギリギリの時

取り残された日本人がいましたが

トルコが危険な中、

日本の方々を救ってくれました。

そしてそこには

こんな前の話があったわけです。

私は涙なしにはこの話は読めません。


愛は愛でしか伝わらない

そして

なにかのために

誰かのために

無償で行っていることに

感謝をしなくてはならないと

思います。


9年前

串本に祈りに行きました。

日本人の無償の愛の力を

すばらしいし。

ほんとうにありがたく思います。

当時対応した、明治政府ご立派でした。

そして、長年忘れずに恩義を返してくれた

トルコの方も素晴らしい。


いまの日本、生まれ変わっていこうとしてる。

日本人

たちあがって

日本の精神蘇れ❗️







マリア