半月も放置しちゃいました。
地震と子ども絡みで気ぜわしい3月になりました。
地震後何かやらねば!と考えていた時、比較的近いさいたまスーパーアリーナに
被災地より大勢の方が避難してくると聞き
Twitterで情報を得て支援物資を届けに行きました。
さいたま新都心駅から来る方が多いのか
北与野駅から行った私たちが見たのはトイレの案内板のみ。
アリーナに近づくと、たくさんのボランティアさんが動いていました。
子どもを遊ばせるスペースは利用者がまだ少ない様子でした。
ボランティアさんは段ボールで作ったゼッケンのようなものをつけていました。
支援物資を届けつつ、友人と会い、みんなで状況を把握するため見て回りました。
大変な災害。経験していない人が大多数。
そんな中でも多くの方が何かしたい、役に立ちたいと思って
集まって来ていました。
ボランティアになりたい人が大勢押し寄せていました。
登録いただいても役割が無いかもしれません、との言葉に
落胆の声があがっていました。
物資はたくさんの提供があり、さばききれなくなりつつありました。
本部らしきものがありました。
そこは情報を集約したセンターのような役割でしたが
午後から双葉町の方々が受け入れるので忙しかったのかもしれませんが
人がおらず、PCもなく、情報を発信する状況ではないようでした。
隣のブースは被災者からのネットでの相談を受け付けるブースで
こちらは6台程PCが設置されていたようでしたが
PCを貸し借りはしていなかったようでした。
Twitterでいち早く情報をあげていた方と連絡を取り、お会いしました。
驚いたのはスーパーアリーナの避難所は統括する人がおらず
ボランティアの方々がそれぞれの出来ることで動いているということでした。
ですから、今どこで何が起きているか、というのが非常に分かりにくい状況でした。
ネット上ではたくさんの情報が伝えられていましたが
タイムラグがあり、せっかく持って来た支援物資を持ち帰らなければならない人も
出て来ていました。
乳児や妊婦さんをホームステイさせるボランティアもありましたが
これは受け入れを開始する前にどこかからストップがかかったようでした。
ただそれが現場のスタッフにも伝わっていなかったり、
混乱していました。
情報をまとめる必要がある、と感じました。
一緒に行った友人が中心となりTogetterというTwitter上の情報をまとめるサイトで
さいたまスーパーアリーナ被災者支援情報のまとめを始めたので、
私も編集のお手伝いをしていました。
初めは1時間に一度位編集しないといけないくらい
多くのツイートがありました。
徐々に落ち着いて来て、後半は1日6回程。3人だったので1人2回ずつ。
たくさんの声を知ることが出来ました。
12日間で20000view超のアクセスとなりました。
それだけ情報を知りたいと思っていた方が多かったのだと思います。
自分に出来ることを探しながら、多くの方が動いていました。
時には心ない発言もありましたが、それに反応したり流される人は少なかったです。
1週間は実家に帰省していましたが、帰省の間も編集作業は手伝いました。
少しずつ落ち着いて来た避難所の様子が伝わって来ました。
そして3月31日、スーパーアリーナは避難所の役目を終えました。
もう少し長い間の解放してはという意見も聞かれましたが
もともと宿泊施設ではない場所ですし、復興には時間がかかるので
1日でも早く、少しでも快適な場所で過ごして欲しいと思っていました。
被災地に実際に行かれている方や、ボランティア活動をされている方からしたら
本当にささやかなお手伝いでしたが、いつも腰の重い私でも
少しでも役に立てたかも、と思う体験でした。
私たちのTogetterは終了しましたが、被災者の方々の生活はまだ続きます。
これからも自分に出来ることを探しながら、動いて行こうと思います。
地震と子ども絡みで気ぜわしい3月になりました。
地震後何かやらねば!と考えていた時、比較的近いさいたまスーパーアリーナに
被災地より大勢の方が避難してくると聞き
Twitterで情報を得て支援物資を届けに行きました。
さいたま新都心駅から来る方が多いのか
北与野駅から行った私たちが見たのはトイレの案内板のみ。
アリーナに近づくと、たくさんのボランティアさんが動いていました。
子どもを遊ばせるスペースは利用者がまだ少ない様子でした。
ボランティアさんは段ボールで作ったゼッケンのようなものをつけていました。
支援物資を届けつつ、友人と会い、みんなで状況を把握するため見て回りました。
大変な災害。経験していない人が大多数。
そんな中でも多くの方が何かしたい、役に立ちたいと思って
集まって来ていました。
ボランティアになりたい人が大勢押し寄せていました。
登録いただいても役割が無いかもしれません、との言葉に
落胆の声があがっていました。
物資はたくさんの提供があり、さばききれなくなりつつありました。
本部らしきものがありました。
そこは情報を集約したセンターのような役割でしたが
午後から双葉町の方々が受け入れるので忙しかったのかもしれませんが
人がおらず、PCもなく、情報を発信する状況ではないようでした。
隣のブースは被災者からのネットでの相談を受け付けるブースで
こちらは6台程PCが設置されていたようでしたが
PCを貸し借りはしていなかったようでした。
Twitterでいち早く情報をあげていた方と連絡を取り、お会いしました。
驚いたのはスーパーアリーナの避難所は統括する人がおらず
ボランティアの方々がそれぞれの出来ることで動いているということでした。
ですから、今どこで何が起きているか、というのが非常に分かりにくい状況でした。
ネット上ではたくさんの情報が伝えられていましたが
タイムラグがあり、せっかく持って来た支援物資を持ち帰らなければならない人も
出て来ていました。
乳児や妊婦さんをホームステイさせるボランティアもありましたが
これは受け入れを開始する前にどこかからストップがかかったようでした。
ただそれが現場のスタッフにも伝わっていなかったり、
混乱していました。
情報をまとめる必要がある、と感じました。
一緒に行った友人が中心となりTogetterというTwitter上の情報をまとめるサイトで
さいたまスーパーアリーナ被災者支援情報のまとめを始めたので、
私も編集のお手伝いをしていました。
初めは1時間に一度位編集しないといけないくらい
多くのツイートがありました。
徐々に落ち着いて来て、後半は1日6回程。3人だったので1人2回ずつ。
たくさんの声を知ることが出来ました。
12日間で20000view超のアクセスとなりました。
それだけ情報を知りたいと思っていた方が多かったのだと思います。
自分に出来ることを探しながら、多くの方が動いていました。
時には心ない発言もありましたが、それに反応したり流される人は少なかったです。
1週間は実家に帰省していましたが、帰省の間も編集作業は手伝いました。
少しずつ落ち着いて来た避難所の様子が伝わって来ました。
そして3月31日、スーパーアリーナは避難所の役目を終えました。
もう少し長い間の解放してはという意見も聞かれましたが
もともと宿泊施設ではない場所ですし、復興には時間がかかるので
1日でも早く、少しでも快適な場所で過ごして欲しいと思っていました。
被災地に実際に行かれている方や、ボランティア活動をされている方からしたら
本当にささやかなお手伝いでしたが、いつも腰の重い私でも
少しでも役に立てたかも、と思う体験でした。
私たちのTogetterは終了しましたが、被災者の方々の生活はまだ続きます。
これからも自分に出来ることを探しながら、動いて行こうと思います。