手術が終わり、ぼんやり見える目に保護眼鏡の姿で
1人帰宅する事にしました。

最初はとても不安でしたが
見えづらいだけで見えない訳じゃないので
信号が判別出来たので安心しました。

でも日差しは眩しく感じたので
なるべく日陰を探しながら駅へ向かいました。

信号待ちで旦那にメールしました。
自宅まで1時間弱。ドキドキでした。

駅のホームで電車を待っていると
段々目が開かなくなって来ました。
元気を出そうと音楽を聴いたり
保湿の目薬を差したりしました。

しかし目はどんどん重くなって行き、
涙目になって来ました。

帰る意欲を持たせるために
お昼ご飯をどうしようかなぁとか考えました。
まだ気持ちに余裕はありました。

でも目は全然開かなくて顔が上げられなくて
気がついたら電車の中で恐めのお兄さんに
挟まれる形で座ってました。
小さくなって下向いてるしかありませんでした。

次の乗り換えではだいぶ判断力が鈍って来ました。
痛いのとは違うのだけれど
とにかく目が重くて涙が出て
待っているのがつらくて
結局快速に乗って乗り越して引き返す
効率の悪い帰り方でしたが
とにかくその場で立っている状態が不安でした。

(この辺で術後1時間)

駅で降りたら割と良く見えている事に気づきました。
まだ涙は出てるけど、これなら駅前のカフェで
アフターオーダーのお弁当買えるかもと
ちょっと気持ちを上げて改札を出ました。

が!

改札を出たら日差しがスーパー眩しい。
もぐらか吸血鬼にでもなった気分でした。

カフェで待つの無理、家で冷蔵庫開けるとかも無理
と思ったので、ふらふらと日陰を歩きながら
近くのコンビニへ。

いつまで続くのか分からない状態だったので
おチビの夕飯に出来るように好物のパスタと
自分のお昼用にその辺のパスタを
涙ボロボロしながら購入。
(母は強いなぁ。)

帰宅してまずパスタを温めその間に点眼。
3種類の目薬があり、2~3分ずつ時間を開けるので
その間に布団を用意したり
飲み物用意したりしました。

目が開かないので、お昼食べておチビが帰るまで
寝てしまえと思ったのでした。

しかしベッドに横たわるも、目は開かないのに眠れない。
興奮状態なのか疲れ過ぎたのか。
目を開けると涙がボロボロ出るので
枕の下にタオルを敷こうと思ったけれど
近くにあったTシャツを敷きました。

大好きな音楽や寝る時にいつも聞くCDを聞きましたが
全然心が落ち着かず、そうこしているうちに点眼の時間。

(術後2時間)

ここから1時間が一番しんどい時間でした。

痛み、とは違うんだけれど
目とか頭の中の色んな器官の神経がパニックになっているみたいに
目がぐーっと重くなったり、あらぬ方向に動く感じだったり
鼓膜の中の方から膨れるような感覚であったり
涙が鼻に抜けるような感覚であったり。
交互に押し寄せて来ます。

多分麻酔が切れたんだと思います。
痛み止めはここで使うものだったんだと思います。

家族が帰って来た時に耐えられない状態だったら
そこで使いたかったので、こらえていました。
というか痛いのとは本当に違う感覚なので
これを痛みなのかなと迷いました。
しんどかったですが。
音楽も聴いてられませんでした。

だんだんとその頭蓋骨内のパニック状態が
軽くなって来たら、それと入れ替わりで眠気が訪れ
そこから1時間程寝てしまいました。

(術後4時間)

起きてすぐ点眼しました。
夕方になり、だいぶ視界がクリアになり、
涙も治まって来ました。

いっぱい涙が出たので、下まぶたがじんじんしていました。

本当に見えていることに感動して
嬉しくて泣けて来ました。

おチビが友人に連れられて帰宅しました。

ここからはあまり変化が無いのでまとめて書きます。

おちビはお風呂にはまだ1人で入れないので
保護眼鏡をかけたまま入りました。
眼鏡が曇って、それをおチビが面白がって
息を吹きかけるので、反射的に怒ってしまいました。
別に何ともなかったですが。

少し動いては目を休めると言って横になると寝てしまう
を繰り返していました。

手術当日は1時間おきに点眼なので
それはしっかりやらなくては、という意識が強かったようで
夜も早めに布団に入ったものの数時間おきに目が覚めて
その都度点眼しました。
3種類の目薬はボトルの形が違うので
暗闇でも判別しやすかったです。