お天道様が見ている | 看護×教育+少し哲学=

看護×教育+少し哲学=

看護界の様々な現象を、教育学的視点から眺めて考えることをモットーとしています。はっきり言って、看護の世界を傍流で生きてます。主流でないことによる苦労もたくさんありますが、傍流の生き様を貫くつもりです。




私の経験から断言できることは


どんな状況にあっても必ず乗り越えられるということ。





だから、今、どんな状況にあっても


あきらめずに、前に進んでください。








私を大学から追い出した准教授と学部長は、


私にこんなことも言いました。








「あなたは教員には向いていない。」


「臨床の方がいいんじゃない?」


「あなたに能力があれば大学院博士に進学できるだろうけど…」








だけど、私はその後も別の大学で働いていましたし


こんな私でも必要としてくれる場もありました。


私を大学院博士へ強くひっぱってくれる力もありました。








上記のセリフを再度見直しても


「大学教員は臨床看護師より上」


「学歴が重要」


「あなたは無能」


という隠れたメッセージが伝わってきます。


教員に向いていないのは一体どっちでしょうか。








これが看護教育の裏の姿です。


もちろん、こんな人ばかりではないですが、


こういうタイプの人は珍しくありません。








私が、このような経験をしながらも


つぶれずにすんだのは


相手の言動を、同じ土俵で受け止めていなかったからです。


なぜなら、嘘をつき人を平気で蹴落とす人間が


報われるとは、思えませんから。








もちろん、私自身も欲はありますよ。


だから、自己本位の考えに流されそうになる時もあります。








だけど、人の道に外れることだけはしたくないです。





誰が見ていなくても、自分自身は自分を見ています。


自分を嫌いになる言動はしたくないです。


たとえそれが一時の欲を満たしたとしても。








昔の人は、


『お天道様が見ている』


と言いました。


本当にその通りです。








だから、そんなひどい目にあいながらも


心のどこかで、その人たちを憐れんでいる私がいるのです。


「そんなことしかできないなんて、かわいそう」








私の友人は、この話を聞いて


「地獄に落ちるよ、その人たち」


と言いました。








この准教授は、この大学にひどく執着していました。


だけど、今はこの大学にいません。


噂では、病気になって退職したらしいですが、


真相はわかりません。





人にしたことって


結局は自分に返ってきます。





「あ~やっぱり」「お気の毒」








この准教授以外にも


別の大学で同じようなことをして


同じような顛末を迎えた人を何人か知っています。








だから、やっぱり、人の道は外してはダメなんです。


そうして人の上に立っても


いずれは同じことを、別の誰かからされます。








因果応報








やっぱり、お天道様は見ているのです。