経歴②~病気との付き合いから現在。 | 月1200万を叶えた脳科学ヒーリング専門家∞中野雅子【ワンランク上のライフスタイルへ】

月1200万を叶えた脳科学ヒーリング専門家∞中野雅子【ワンランク上のライフスタイルへ】

開頭手術3回→寝たきり生活10年→脳科学のヒーリングと潜在意識を使いこなして、、、→ついにタイで象に乗ってきたよ♡
【しあわせは無限大理論】
世界は無意識で繋がっている。
潜在意識を旅しよう。
へそのわ。

<2018.7.7.改定>

 

経歴①~三つ子の魂百まで家族との生活~

のつづきになります

 

~my story②~

心が自由ならしあわせなはず

と臨床心理士を目指して、大学進学。

埼玉にひとり暮らしをはじめたわたし。

 

じぶんが子ども時代に、

まわりに言いたいことを言えずに

病気になっていたこともあり、

 

まだ言葉を話せない、じぶんのことを伝えられない

子どものサインを読み取りたいと

幼児の心理療法、芸術療法を専攻する。

 

大学でこれしかやってない(笑)。

 

でも、中学もまともに勉強をせず、

大学受験も推薦入学で

ろくに受験勉強をしてなかったため、

英語で泣くことになる。痛い目みるね!

泣いたよ!

 

英語は赤点ギリギリ。

なのに、

スペイン語は大学時代で最も成績が良かった。

1兆までスペイン語で数えられるの。

使う日が来るとは思えないけど!

苦手意識がこんなに顕著に出るとは・・・。

 

それにしても、スペイン語が一番ということは

どうした?心理学の成績は・・・!?(笑)

 

 

そして何より、

過干渉で大人に支配されていた生活から

ひとり暮らしという「自由」を得たわたし。

 

一気に生活が乱れる。

社会の厳しさ、責任を痛いほど知ることになる。

痛い目みたよ!!

痛い目しかみれなかった(笑)。

(じぶんの意思不在だったんだもん!)

 

で、簡単に合鍵を渡し、たまり場と化す。

映画研究部という自主映画製作の部活に在籍。

チームで何か作品を作る楽しみを知る。

一応、副部長。

(何かと「副」がまわってくる立場w)

映画三昧。映画オタク。

 

 

精神医学を学ぶうちに、過食嘔吐が始まる。

冷凍保存のために5合ご飯を炊けば、

一気に食べてしまう。

食パンも一斤はかんたんにペロリ。

食品の買い置きをしなくなる。

(冷蔵庫にあると食べちゃうから。ちなみにカレーは飲み物だよ。今でも(笑))

 

心理学部の友人はどんどん心が病み、

自傷行為や中退していく姿をみて、

心理学でひとを救えるのだろうか?

むしろ、学ばない方が、よかったのでは?

と考えるようになる。

(当時はその視点でしか心理学と向き合えなかっただけ。)

 

学校でも、授業よりも人間観察がメイン。

「にんげんは、ホルモンに支配されている」

と考えるようになる。

(勉強したくなかったんだけど、

それよりもいろんなにんげんがいることが興味深かった!)

 

休みの日にも

都内のカフェで人間観察するのが日課になる。

ついでに、服飾系大学に忍び込んで、

「デザイン系もよかった」

と服をため息をつきながら見るのが息抜き。

(今でも感動してため息がでるのは服だけかも!)

 

恋の悩みがあると、

占いで有名な「○○の母」に逢いに行くようになる。

10分1万円コース。

整理券をもらうために、前日の深夜から並んだものだ。

今考えると、ほんと元気な遊び!

 

なのに、

どの母も、その貴重な10分を

わたしの順番になると、

母たちのじぶんの愚痴タイムに入る。

 

残念ながら、

母たちに逢って、悩みが解決した試しがない。

 

いったい、わたしの何がそうさせているのか?

 

という疑問だけがプラスされて帰宅するパターン。

 

 

そして、20歳。

脳の病気を発症。

激痛の発作と飲んだら最後。

眠り姫に陥る起き上がることのできない

副作用の薬との生活が始まる。

 

さらに、ゼミでの精神科閉鎖病棟でのショックも背中を押し、

大学を辞める覚悟で、休学を決める。

(本当に青二才だったと想う。純粋だったんだね!)

9.11に実家に帰る。

 

 

静養とともに㊙子育て生活をする。

(ここでは記載できないので、気になる方は直接きいてください!)

 

お酒と炭水化物を抜いて、体重15㎏減量。

 

 

「大卒の方が就職がある」と親の勧めで

大学に復帰。

 

1か月に10人の男に告白されれる

という謎のホルモンを出す(笑)。

 

何がそうさせているのか?

まぁ、単にやせたからかなw。

 

精神障がい者復帰施設でボランティアをしていく中で、

本来のにんげんのあたたかい愛を知る。

ピュアでまっすぐな愛。

(ほんと、あったかいじかんだったな!あの体験は宝になったよ!

 

絵本の読み聞かせボランティアをする。

児童館の子どもたちと施設の高齢者に向け

1対1で声がカスカスになるまで

毎日読み聞かせさせていただく。

(1対多数の発想がなかったじぶんにびっくりだけど、

じぶんのスペックを知ってたんだね!)

 

緊急避妊薬というものを使う事件が起きる。

「ホルモンは、いじるものではない」

と痛感。

(わたしに子どもがいたとしたら、この時だっただろう)

そして、

にんげんはホルモンでできている!

が確信になった体験。

 

 

大学院進学の話も教授からあったが、

心理学に希望がもてなかったため、

(今振り返ると本当は英語の論文を書きたくなかっただけ・・w)

進学せずに、卒業をする。

 

卒業式前日に、祖父が危篤との知らせが・・。

式に出ずに帰ろうかと思ったが、

親に説得され、式に出る。説得されっぱなし(笑)

(そしてじいちゃん、奇跡の復活を遂げる!)

 

卒業式に4年間お世話になった教授に

「お前は頭はいいが、使い方が悪い」

と褒められたのか、けなされたのか

わからないお言葉を頂戴する。

(今考えると、ただ脳の使い方が悪かったのだけ!

教授、ありがとう!!)

 

 

<23歳~25歳>

脱心理学。

好きなことを仕事に。

 

原宿の芸能人ご用達のアンティーク着物の会社に就職する。

肌で「本物」にふれる貴重な体験。

持病の発作で早々に退社。

 

体調を考慮して、短期派遣で仕事を選択。

エステ、結婚相談所、結婚式場など、

女性のしあわせとつながる職を転々とする。

 

保育園にも勤務。

ピュアな子どもたちと触れ合っていくうちに、

家庭での問題、ママのサポート、子どものケアをしたいと想い、

再びセラピストの道を目指すことを決める。

 

<26歳>

クエスト総合研究所にて

アートワークセラピストの資格取得をする。

 

受講中、持病の薬にアレルギー反応が出るようになり、

「このままではいのちが危険」

と医師から宣告される。

 

 

<27~30歳>

病院を転々としながら、脳の手術をする。

目に見える光景がダリの絵のようにみえる。

後遺症で3年分の記憶を失う。

寝たきりの生活がはじまる。

 

記憶がない3年の間に夫と結婚。

気がつけば「知らない場所」で

「知らない男のひとと暮らしている」じぶん。

想うように身体も動かないじぶん。

ぜーんぶがストレス。

 

本当に何のために生きているのかわからない。

 

相談したスピリチュアルな友人の誘いで

スピの道へ足を運ぶようになる。

 

<32歳>

希望がどんどん薄れていく日々の中で、

「輸血しないといのちが危険」

と突然の忠告。

全身検査の末、子宮ポリープを摘出する。

子宮内膜症、チョコレートを嚢胞の疑いをかけられるが、

手術を勧められるが

「疑い」で手術をすることも通院することもやめる。

 

 

子どもが産めないかもしれない。

 

マタニティサポートがしたいと想うようになり、

NPO法人mama's hugでタッチケアを学ぶ。

ベビーマッサージ、

マタニティタッチセラピストとして活動を始める。

 

同時期、産婦人科医の池川明先生と

映画「うまれる」を観て、

お空の世界、

おなかの中のあかちゃんとお話ができる人がいることを知る。

 

胎話士のMIKIMIKIさんや

妊娠中におなかの中のあかちゃんとコミュニケーションをとって出産された

せのおまさこさんとあかちゃん、

子宮のヒーラーさんに逢いに行き、お話を聴く。

 

ある日、体調不良の女性のタッチをさせていただいていたら、

女性のまわりを黒い天使が飛んでいるのが見えた。

お話を聴いていくうちに、流産したばかりとのことだった。

 

それから、

お空の世界に意識をしていくうちに

わたしのお空で待っているあかちゃんとつながるようになる。

待っててくれてる子がいるって知った時、ものすごいうれしかった!!

 

もしかしたら、

お空のあかちゃんの存在やメッセージを必要としている方がいるのでは?

と、

マタニティの方をメインにタッチとメッセージをお伝えすることをはじめる。

 

 

<33歳>

最後の脳の手術。

音が見えるようになる。

身体が意思とは関係なく動くことに恐怖。

(いろいろと後悔の嵐!もう手術はうけないよ!!って決めた!)

 

葉山に引っ越すとともに

西洋医学から離れ、1日37錠飲んでいた薬を手放すため、

自然療法、あらゆる健康法、民間療法を学び、

海外の医療現場で使われているエネルギーワークを身につける。

 

寝たきりのじかんから

本当に少しずつ少しずつ。

 

 

 

行動できるようになって、

この「へそのわ。」の活動を必要なひとに届けるためには・・・。

と、ビジネスについて学ぶ。

 

 

成功してるひととじぶんの「違い」について

興味をもつようになる。

 

健康や思考、生活習慣、

目の当たりにした「しあわせな福祉」。

 

しあわせを届けるために、

あらゆる「しあわせ」を体験してみたい!

 

 

 

何のために生きているかわからない。

 

 

わたしが長い長いトンネルをようやく抜けたのは

本当にごく最近。

 

 

それは、今までじぶんの健康、じぶんの人生を

「人まかせ」にしてきたことに気づくためのじかん。

 

じぶんの人生はじぶんで創造すること。

じぶんの夢はじぶんで叶えてあげる姿勢。

 

母がステージ4のガンと診断されたときに

新たにぶち当たった壁。

 

改めて、

わたしの何がそうさせているのか?

 

脳科学に基づいたヒーリングと出逢い

思い込みを書き換えることで、欲しい現実が得られることを学ぶ。

学生時代抱えた疑問に感じたことが全部解決することができた。

世界が一気に優しくなったことを実感。

 

 

しあわせを体験することを許可した瞬間。

 

 

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「パリコレにいきたいなぁ」

と想っていたら、

ひょんなことから桂由美先生のファッションショー

にお招きいただいたり。

 

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(あまりに素晴らしくて涙が出ました!)

 

 

 

すべてはわたしの思い込みが、

人生を複雑にしてたことが判明!!

 

複雑な思考をシンプルに

情報を書き換えていくことで、

それまで考えていた認識がガラリと変わった。

 

 

 

 

家族

家族げんかが絶えない実家は

いつか殺人事件が起きてもおかしくない

って、子どもの頃は本気で想ってたけど

今現在、殺人は起きないわけでw(←超当たり前のようで、新発見!)

わたしがひと嫌いにならなかったのは、

家族から愛情をもらってたからなんだと想えるようになった!!

ってわたしが気づいたら、

不思議と揉め事もなくなった!!

 

母の腫瘍もちいさくなったり。

(思い込みってすごいね)

 

記憶喪失中に結婚してた夫に対して、

パートナーシップが難しかったけど

今が一番仲はいい!(まわりからみたら違うらしいけどw)

夫の仕事もうまくいくようになった!!

(これが一番家族円満よね!)

同い年なのに、

親子に間違われることが多かったけど、(わたしがママね!)

夫婦にみられるようになった!不思議。

 

男性からやさしくしてもらえるようになった!

(ホルモンが出たかな♡)

 

 

友だち

わたしの夢を応援してくれる存在!

その道のプロとして活躍している方と話せるのが幸せ!!

どんどん世界が広がる。

 

健康

にっくき西洋医学、二度と病院に行くか!

と想っていたけど、

「必要なら言った方が楽になる」

ってシンプルに思えるようになった!

生理痛以外健康!!

(ヒーリングだけじゃく婦人科行こうかなって想えるようになったw)

 

仕事

扶養家族として生きてきた人生。

じぶんが「しあわせ」を発信できる日がくるなんて、

想像もつかなかったけど、

ニヤニヤしながら、

「夢」を応援させていただくことが本当にしあわせ!

「しあわせ」な輪が広がることがうれしい!!

 

 

これまでの人生、全肯定

 

 

シンプルにひも解いていくと、

すべてがしあわせ。

これまでも、これからもしあわせで、

すべてが最善だったことに気がつく。

 

この先、どんなhappyを人生にトッピングしていこうかな。

 

ずっと悩みがつきなったけど、

今の脳みそは、

「いかに日常に楽しいトッピング」を

入れていくかしか使ってない日々(笑)。

 

 

人生、シンプルに。

かんたんにしあわせを。

人生をカラフルに。

 

 

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