もののけ=物の気
物にも
それぞれに気があるのです。
その物自体が持つエネルギーもあれば、
作り手のエネルギーもあるだろうし、
卸業者や販売店など、
自分の手元に来るまでに関わった人のエネルギーも
その物に乗ってくる。
だから、
同じ物を買うにしても
どんな人の手を通ってきたかで
自分に合う・合わない
というのもわかれてくるんじゃないかな、と。
最近のわたしは、
普段着は洗える着物がいいなー
ってことで、伊勢木綿ばかり着てました。
↑この着物ね。
伊勢木綿はしっかりした生地で
家着にもお出かけ着にもピッタリだし、
真夏は流石に暑くて無理だけど、
一年を通して着られる期間もかなり長くて
一枚持ってたら着物生活いけるよ♬
って感じなんだけどね。
そんな伊勢木綿の着物ですが、
夏の間はしまってて
秋になって久々に出した時
なーんかピンと来なかったのね。
鏡の前で合わせてみると
え…似合わなくなってる…( ꒪⌓꒪;)⁈
わたしも日々、変化してますから
伊勢木綿を買った時とは
きっと波動が違ってきてるんでしょうね。
そういうこともあると思います。
でも結局、
似合わないものは着てても気分は上がらない。
それなのに、
わたしはこの伊勢木綿を着続けていたんですね。
そしたらさ、
この伊勢木綿に名古屋帯で
お太鼓結びをしようと思うと
必ずと言っていいほど帯揚げが掛からないの!
背中側に手を回して
枕帯にヒョイだ引っ掛けて
前で結びたいんだけど、
この枕帯に、とにかく帯揚げが掛からなくて
もーう、イライラなわけですよ。
あとちょっとなのに!かかれー!
これがほぼ毎回なので
もう半幅帯にするわಠ_ಠ
ってなりがちで、
なんだか更にパッとしなかった。
でもコレ、
今思えば
わたしの身体からのサインだったのよね!
わたしの身体は、
「この着物は違うよ」
「着てても気分が上がらないよ」
「着たくないよ」
そう思って、毎回毎回サインを出して
拒否反応を示してたんだと思う。
だけど、わたしはそれに気付かず
なんとかして帯揚げを掛けてやるぞ!
と鼻息荒くやってたわけです。
でも、
「じゃあ、今、どの着物なら着てて心地よい?」
「どの着物なら着たいと思う?」
って聞かれた時に、
関さんのところの着物が着たい!って思った。
関さんのお父様が織られたこの布は、
本当に布自体にエネルギーがあるので
護布と呼ばれ、
着るお守りのようなものなのです。
そういえば、去年の冬は
本当に毎日こればかり着てました。
軽くて暖かいこと、
護られている感じがあって心地よいこと、
それに、
高価な物なので
元を取りたいという欲もあった。笑
でもおかげさまで、
去年の冬は、エネルギー変化の荒波も
なんとか乗り越えることができた。
この着物を着たい
そう思ったから、
昨日はお昼から伊勢木綿を脱いで、
関さんの着物に着替える。
そうすると、
もうこれだけでも元気が出てくる!
そして、面白いことに
関さんの着物なら帯揚げが掛かったの!笑
本当に身体は正直なんだなーって実感した。笑笑
ついでに言えば、
下駄もね、
気に入ってない物を履いてるんだよね。最近。
物は悪くないと思うけど、
なんとなく重くて
なんとなく大きいというか。
鼻緒もゆるいのか、歩きにくい。
そして、
この下駄で歩いてて
何度も足を捻ったり転んだりしてる。
つい数日前は、
踵のところを下駄で蹴ってしまい
アザになってしばらく痛かった。
↑
こういうのも、
身体からの「コレは違うよ!」
「コレは履きたくないよ!」
っていうサインだったんだと思う。今思えば。
完全にスルーしてた…。
お気に入りではないけど、
履けないことはないし…
まだ新しいし…
とか思って、
履くたびに気分は下がりながらも
その下駄を履き続けてたなーって。
コレはあきまへんな。
自分がよろこばない物を
全身に纏って、身に付けていて
元気が出るわけない。
ご機嫌でいられるわけない。
だからって、
ポンポンポンポン新しいのを買え
ってことじゃなくてさ。
今ある物でやる必要がある時もあれば
そうではないこともあるのよね。
その物の気が
今の自分と合うのか?
それを纏ってたら、身に付けてたら、使ってたら
自分はご機嫌さんでいられる?
そうではないなら、
ご機嫌さんになるアイテムを選ぼうよ。
自分に合わないものを無理して身に付けて
ケガなんてしようもんなら
どうしようもないものね。
(わたしの下駄みたいにね)

