震災のことは、
震災のスペシャリストに任せておけば大丈夫という姿勢が
Twitterで流れているけれど、
その姿勢には、
同意しかねる。
もちろん、
いいたいことは、わかります。
何か、行動することが、
現地の救護活動の妨げになったり、
余計な活動が
逆に混乱を起こしてしまうケースもあります。
沈黙は金なり、
雄弁は銀なりです。
沈黙することが、
価値を持つこともあります。
ただ、
同じ沈黙するにしても、
祈って欲しいんです。
会議で、難しい話が出て、
自分にはわからない内容だった場合、
携帯電話をいじり始めるのと同じで、
日本を救うという意思の
ノイズになると思うんです。
わからないのは、いい。
何もできないも、いい。
そんなことを否定するつもりはないし、
沈黙が金であることも承知している。
だけど、
頷いていてほしい。
なるほどなるほどと、
話を聞いていて欲しい。
「何もできることはない」ではなく
「何かできることはないか」と
発信をしていて欲しい。
僕の活動は、
非常に意味が薄いかもしれません。
ブログパーツだって、
日本中に広がっているわけではないし、
ホームページ制作の活動も
誰も話を持ってこないかもしれない。
けれど、
一ミリも動かないよりは、
動いていたいい。
僕のメッセージを見て、
「なんだ、こんなホームページなら、俺のほうがすごいのができる。
俺もやろう」
って思ってくれればいい。
ブログパーツを見て、
「たいしたことねぇな、こいつ。
これなら、俺がつくったほうがよっぽどすげぇ」
って思ってくれてもいい。
今は、一人でも多くの人が、
ひとつでも多くの思いを届けるのが、
重要なんじゃないかと思う。
行動する必要はないけれど、
「願っている、祈っている」っていう心の灯りを、
被災地に届け続けていきたい。
今でも停電している友達がいる。
ボランティア活動で何かできないかと話し合っている仲間がいる。
日本に勇気を。