裕子は今年の春、ある有料コミュニティに参加した。

そこには、食糧の自給を、出来ることから始めたい人たちが集まっていた。

裕子も以前から自給自足に興味があった。

所有する畑を「採取できる庭」にしたいと考え、果樹を植えたり、食べられる草を残したりしているのも、そのためだった。

そのコミュニティには都道府県ごとの交流ルームがあり、ある日、県別ルームで「はじめましての会」を開こうという提案があった。

もちろん、多くのメンバーが賛成した。

そこで日程調整のためのアンケートが行われた。

回答を見ると、半分ほど◯がついている人もいれば、二日しか◯がない人もいた。

裕子も回答しようと日程を確認した。

全部◯だった。

今月は最初の日曜日に女子会があり、第三週には東北旅行、月末には母の受診の付き添いもある。

それでも提示された日程は、すべて空いていた。

パートナーは年中単身赴任。

子どもたちは全員巣立ち、裕子は仕事もしていない。

自分に課していることといえば、畑へ通い、地域猫さんたちにご飯をあげることくらい。

朝起きて考えることといえば、

「今日は何をして遊ぼうかな」

それくらいだ。

あとは、ふとイメージが湧いてきたときだけ、言葉を紡ぎながらエッセイを書く。

やりたいことしかやっていない。

地域猫さんたちへのご飯も同じだった。

もちろん猫たちのために、という気持ちはある。

だけど義務感で続けているわけではない。

お腹を空かせた猫たちのことを思うと、放っておけないから。

そんな自由な毎日は、ありがたいことに幸せそのものだった。

それなのに。

アンケートのすべての日程に◯をつけたとき、裕子は妙な違和感を覚えた。

さらに言えば、日頃は感じることのない寂しさのようなものまで湧いてきた。

一人で過ごすことには慣れている。

「亭主元気で留守がいい」とは、よく言ったものだ。

けれど、最初からそう思えていたわけではない。

そう思うことで、自分を慰めてきた。

その積み重ねが、「いなくても平気」に変わっただけなのかもしれない。

本当は、誰かと一緒にいたいのかもしれない。

だから母のいる実家から帰るたびに、寂しさを感じるのだろうか。

当たり前のように幸せな毎日を過ごしていても、忙しそうに予定を埋めているみなさんのアンケートを見ながら、裕子は少しだけ羨ましくなっていた。



裕子が今の幸せに辿り着くまでの苦難と、乗り越えてきた過去。

その先で見つけた、小さな答え。

子どもの頃の美しい時間をたどりながら、言葉を紡いでみました。