うじかわゆみちゃんのグリーンショッピング同行を、
お願いしていて、昨日行ってきました!

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レポは改めて書こうと思いますが、
その時に色々とお話して、自分の中で気がついたこと、腑に落ちたこと。

何かを始める時、決める時、
自分が好きかどうか
で判断していました。それも、話していて指摘されて気がついた。

好きか、嫌いかじゃないんです。

嫌いという捉え方が好きじゃない。
というか、いまいちわからない。


好き・どれ(で)も良い・好きじゃない・いやだ(苦手)

が、判断する時の基準になってたんだなぁと気がつきました。
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好きの対義語は嫌いだけど、
嫌いではなく、「いやだ」

 「いやだ」がしっくりくるなぁと思って、違いを調べてみたら、

嫌いは、どんな条件だろうが、そのものすべてが受け入れられない。
いやは、その時の条件によって変わる。

「あの人が嫌い。」って言ったら、相手の全てを受け入れられず、嫌だと思う。

でも「あの人の頑固なところが嫌だ。」って言ったら、その人自身が嫌なわけでなく、
一部分が受け入れらないないということ。


これは、私の根底にあるもので、
その人そのものを認めている。ただ、そこに「ある、いる」だけで良い。


そう思っているんだなあと気がつきました。
しかも、色々な経験をしてきたから、ではなく、
物心ついたときから感じていたことでした。

それを、ゆみちゃんに言語化してもらって、出てきたのでした。

その人を嫌いなわけじゃないのに、
いざ会うと、苦手だったり、いやだと思ったり、
イライラすることもある。
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そんな自分に矛盾を感じていたのですが、
木で例えて、
「相手の葉っぱの部分は嫌な部分もあるけど、
幹や根を信じてるんからじゃない?」

と言ってくれました。
(ニュアンスなので、人を木に例えた話は、うじかわさんに聞いてみて下さい。)





長くなったので、続きます。