子宮委員長はるちゃんのブログを読んでから、
この悪口は自分に向けて言っている~という部分が
気になって気になって
何度か自分で取り組んだし
そのたびに自責につながる愚民っぷりで
そのうちやめてしまったんだけど
もう一度やってみた。
赤字は過去に自分が口に出した愚痴の中で
特に印象に残っている感じのもの。
口が覚えていると言うか
その言葉を発したときの衝動とか振動のようなものが
口に残っている感じがするものです。
でね、リブログ先に書いてあるとおり
私は今まで親のせい、職場のせい、彼氏のせい・・・etcで
○○のせいにしてきたことがたくさんあったし
自分で決めてはじめたくせに
誰かに決めてもらったようなきになったり
決めさせられたような気になったりすることがあって、
それがまじで愚かで、
でもここで
自分が愚かだということを
知って分析やそれについて考えるのではなく
自責したらまた同じじゃん。
それでクソほど失敗しているのに
まだやるの?って話だから
ぐぐぐってこらえて、
もう一度、自分が自分に向けた言葉を紐解くぞ!!という
気持ちでこれを書いたのね。
最初はさ、
う~ん良くわからない、と思う部分ばっかりで
これはリブログ先にあるような
肚で決める、のところ、
腑に落ちる感覚の部分なんだろうなって。
なんだったら私は
「あ、な~るほど!」ってなるんだろう?
そしたらさ
出てきたのが
自分で自分のやっていることを見ているか?
人の目を借りて
自分を見るのをヤメロ!
だった。
これをノートに書いたとき
ぐうの音も出ない、って感じだった。
納得を飛び越えた
まさにそのとおり!って感がすごかった。
そりゃさ
もっとほめて、もっと評価して、
私のがうまいのに!私のができるのに!!
って愚痴でるよな。
自分で自分のやっていること
自分を見ないままに、
人の目を借りて
自分を見ようとしても
見えるわけねーじゃん!
私の目は私しかもってないもん。
不満になるよね。
ここまで入力して
手がびりびりしびれるような感覚がして
こええ~って思ってる。
もうさ、
自分で自分の責任をとるというか
自分のせいにしないで自分の責任をとるんだと
おもうと
怖さ半分
期待半分
そんな武者震い的な感覚よ。
責任って
自責することだと思ってきた
あほちゃう?
そういうあほちゃう?っていう
概念や
価値観だって
私の世界だったのだから
それが崩れたら怖いよなぁ~って。
でもさ、
崩して自分で決めることを決めたら
もう動くしかない。
自分で自分を見るのは
人であれば見えない部分まで
詳細に見えてしまうでしょう。
それはとても怖いけれど
とても美しい世界の始まり
明日は春分、満月
宇宙的元旦だそうですね。
あれ、明日だっけ?あさってだっけ?w
そうしたら今日って
終わりゆく年の締めくくりなんだろうね。
なんかわからんけど
めちゃくちゃ涙がでるわ。


