どんなにわがまま言っても
どんなにめんどくさくても
どんなにしつこくても
も~~~って怒っちゃっても
こどもの寝顔には負ける。
かなわない。
はぁ![]()
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かわゆい![]()
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ってなっちゃうんだよね、私は。
ホントに二人ともすやすや
可愛い寝顔で。
イライラや疲れも吹っ飛んでしまう。
でね、子どもの寝顔を見ていると
自分と向き合い始めた頃を思い出すんだ。
私がこんなに思い悩むのは
自分の親(特に母)との関係に
根源があると思って
小さなころ、思春期のころ
大人になってからの出来事を
さかのぼっては
どんなことを思っていたのか
何を感じていたのか
ほんとうはどうしてほしかったのか
見過ごしてきたであろう部分を
書き出して感じなおしてきたの。
もっと私を見てほしかった。
どんな私でもいいよって
抱きしめてほしかった。
まるっと包み込んでほしかった。
伝えたくても伝えられなかった
想いがたくさん出てきてね。
母に気持ちを伝えたことも
あったし、母や父の愛情を
確かめたかった時もあった。
でも、今は
母なりに、親なりに
私を大切にいてくれていたし
私が子どもたちを可愛いと思うように
普通に思っていたんだろうなー
って思えるようになって。
それでも、親といえども
一人の人間で、当時の親たちの
年齢になってみると
私も全然できた人間じゃないし
当たり前のように悩んで葛藤する。
抱いていた理想像とは全然ちがう
のよね。
そこがわかってきてから
本当に抱きしめてもらいたい相手は
母や父じゃないことに気づいた。
それは、やっぱり自分自身。
おっきく包んでもらいたいのは
他の誰でもなく、自分自身。
変な話かな?
私に可愛がられて抱きしめられてる
子どもたちが羨ましいとさえ思う。
そのまんまの私を見てほしい。
そのまんまの私を抱きしめてほしい。
そのまんまの私を信頼してほしい。
親を通したその先に
「自分」がいるんだと思う。
私を幸せにするのは「自分」なのだよ。
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菅原ゆきこ
