心屋リセットカウンセラー&レイキヒーラー、

みかりん、こと、山本美香です。

 

こんばんは。

 

こちらの記事の続きです。

 

車にはねられそうな

あぶなっかしい野良猫親子に遭遇して、

自己満足にエサをあげた後の話。

 

帰り道で、いろいろぼんやり考えていて。

 

あの子たち大丈夫かな…?

でも、運がいいからきっと大丈夫!

 

とか。

 

自分の思うように行動できて、よかったよな。

 

とか。

 

でも、ほんとにあれはあの猫たちのためになったのかな?

 

とか。

 

自己満足上等でやったんだから、

そこはもう考えてもキリがないよ。

 

とか。

 

まぁ、いろいろ考えつつも、

普段の脳内会話の範囲内って感じで。

 

でも、家に帰り着いた後も、

なーんか、何かが引っかかってるような感覚があったんです。

 

最初は、

偽善者な自分を感じてモヤモヤしてるのかな?

と思ったりもしたんだけど、

「偽善」ってとこにそこまで引っかかってる感じでもなく、

う~ん、よくわかんないなぁ…と思ってました。

 

が、その後。

 

何かきっかけがあったのか、

いきなりハッとなったのかは覚えてないんだけど。

 

突然、

「見返りを求める自分」というのが、

ぶわっと出てきたんです!

 

一心不乱にササミの缶詰を食べている

野良猫を親子を見ながら、私、

「ごはんをくれた私のこと覚えてて、

恩返ししてくれたりしないかな~」

って思った。

 

猫は神様の遣い、なんて説もあるし、

不思議な力で、何かいいことあったらいいなぁ…

って。

 

あの時、私、確かにそう思った!

 

そのことに気づいた瞬間、

ものすごく激しい抵抗と嫌悪感が出てきたんです。

 

自己満足のため、

ほんとに猫のためになってるかどうかはわからない、

とか言いながら、

いいことしてるつもりでいたんじゃん!

 

それより何より、

やりたくてやったことのはずなのに、

見返りを求めた自分がいたことをハッキリと自覚した瞬間、

激しい感情とともに涙が溢れてきた。

 

ササミ缶を食べてる猫を見ながら、

ぼんやり思ったあの時だけじゃない、

きっと、たぶん、それよりも前から、

どの時点からかはわからないけど、

私の心の片隅に、その気持ちが確かにあったんだ!

 

私、

サイテーだ!

サイテーだ!

サイテーだ!

 

そんな気持ちが溢れてきて、

自分でもビックリするくらい号泣した。

 

そうだ、あの時も、あの時も、あの時も!

って、同じような場面をいくつも思い出した。

 

そして、号泣しながら、

私の中で「見返りを求めること」に

ものすごく大きなバツがついていたんだ

ということにも気づいた。

 

自覚してなかったけど、

「見返りを求めちゃいけない」という気持ちが、

ものすごーく強かったんだ。

 

求めちゃいけない。

求めちゃいけない。

求めちゃいけない。

 

でも、今ならわかるよー。

 

その強い禁止は、自分で自分を苦しめる。

 

求めちゃいけないと思えば思うほど、

求めてしまった時の自分を

ひどく罰して責め続ける。

 

それほど強い禁止を持ちながら、

私は、見返りを求めてしまう自分がいることを

ほんとは知っていた。

 

知っているからこそ余計に、

ダメだダメだダメだダメだ

と強く強く抑えつけていた。

 

ということは、私は、

見返りを求めた自分をぼんやりと感じるたびに、

深いところで自分のことを

ものすごーーく責めていたんだ。

 

どんだけ責めてたんだ、

ってくらいの涙の量だった。

 

泣きながら、別の気持ちも湧いてきた。

 

何もそこまで責めることないじゃない、って。

 

ちょっとそんなこと思ったくらいでここまで責められて、

この子、かわいそうだよー、って。

 

「見返りを求めて何かをするべきじゃない」っていうのは、

それがいけないことだからじゃなくて、

そういうことしてると自分が苦しくなるよってことで、

だから、見返り欲しさの行動はしないほうがいい。

 

ほんとにやりたくてやったことなら、

それをやれたことだけで満たされて、

そもそも見返りなんて求めるはずもない。

 

それくらい、「ほんとにやりたいこと」をやろう。

 

うん、そう思ってた私は、

別に間違ってたわけじゃない。

 

でも、ちょっと潔癖すぎたんだ。

 

見返り欲しさにやったことじゃなくても、

ほんとにやりたくてやったことでも、

そこに少しくらい見返りを求める気持ちが

混じってたっていいじゃない。

 

それだけで、

全部を否定してしまわなくてもいいじゃない。

 

自分本位な行動をしただけなのに

「ごはんを食べさせてあげた」って傲慢なこと思ったり、

「恩返ししてくれたらいいな」なんて

思ってしまったのも事実だけど。

 

でも、

「どうか生き延びて」って、

「生きててくれるだけでいい」って、

ほんとの本気で思ったことも事実なの。

 

見返りなんてないよ、それでもやる?

と言われてても、

私、きっと同じことしたよ。

 

だったらもう、いいじゃない。

 

見返りを求めることで苦しくなってしまうのもわかるけど、

それを禁じて絶対にしないようにしようとすることで、

私、こんなに苦しくなってるじゃない。

 

禁じたって、無理だったんだ。

 

だって、私の中にあるんだもん。

 

見返りを求めてしまう気持ち。

 

ないフリをすることはできても、

ほんとはあるものをなくすことなんてできない。

 

だって私、ほんとは強欲なんだもん。

 

やりたいことやってたって、

見返り求める気持ちが

湧いてきちゃったりするんだもん。

 

「100%見返り求めなくていいぐらいやりたいこと」

なんていってたら、

私、やれることなくなっちゃう。

 

純粋になりたかったんだなぁ。

 

でも実際は、不純物もいっぱい混じってるんだなぁ。

 

でも、

それが私。

 

それも私。

 

もういい、もう許そう。

 

はーーーー、よく泣いた。

 

 

そんな自分の中の大きな観念に気づかせてくれた、

ハチワレ柄の野良猫親子。

 

やっぱり、神様の遣いだったのかもしれない。

 

恩返しどころか、

ほんとは助けられたのは私のほうでした。

 

というお話でした。

 

おしまい。

 

 

長い前後編を読んでくださって、

ありがとうございました☆

 

 

 

実家にて、崇め奉られている猫神様。

 

 

 

 

どくしゃになってね…

 

 

 

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