ご訪問ありがとうございます
グリーンフォレストの森口です(^ー^)
何日ぶりのブログ更新になるのかな。
2015年後半から、
毎日記事更新することを日課にしてきたこともあり、
多くても3日以上、
更新をお休みするということもなかったから、
なんか変な感じですね。
何日更新をお休みしたかもわからなくなるくらい、
久しぶりにこの、
ブログ記事更新画面を見るというのも。
4月27日の夜、
ちょうどブログを更新していたその時に、
実家の母から電話があったんです。
父が急変したので、
すぐ来て欲しいと病院から連絡があったと。
もうだめだということは瞬間察しながらも、
すぐにでも出られるよう準備をしていたら、
病院から連絡が入って1時間もせぬまに、
再度母から連絡が入り、
父がこの世を去ったと知らされました。
あまりの急変ぶりに、
母が急いで病院へ向かったけれども間に合わず、
病院についたときにはもう、
息をしていなかったんだそう。
残念ながら、
家族は誰も看取ることができなかったけれど、
苦しむことなく、
静かに父は息をひきとったと。
なんでしょうね。
ほんと突然すぎると人は、
驚くということも忘れてしまうのかな。
なんかほんともう、
なにを聞いても全然ピンとこなくて。
鼻をすすりながら、
電話してきた母の声を聞きながらも、
あー…そうなのかぁ…
お父さん…死んじゃったのか…と。
取り乱すでもなく、
泣き崩れるわけでもなく、
ほんとただただ、
ただぼーっとしつつも、
あー…そうなのかぁと。
あまりに突然すぎたこともあり、
主人も弟も弟の奥さんも、
みんな普段どおりお酒を飲んでいて、
さぁ寝ましょうかくらいの時間だったこともあり、
神戸にすぐさま駆けつけようにも
飲酒で誰も運転ができなくて、
たまたまその日飲んでいなかった私が、
私が運転する!とばたばた準備し始めたもんだから、
主人も息子も弟も、
それはそれは大慌て。
なんといっても、
高速を今まで運転したことがない私だから、
そりゃそうなのかもしれないけれど、
でもじっとなんかしてられないし、
どうしようどうしようと言ってるくらいなら、
一か八かでも動いてる方がまし。
絶対大丈夫だから!と言い切って、
1人すぐさま神戸に向かおうとしたんだけれど、
結果母にも兄にも止められて、
いま来てももう、
つく頃には病院に父はいないからと諭されて、
結局次の日に、
家族で父に会いに行ったんです。
2018年12月に、
実家の階段で足を滑らせ転落し、
頸髄損傷のため完全に四肢が麻痺してしまい、
その日を境に、
突然自分ではなにもできなくなった父。
もともと自分でなんでもするような、
人を頼ること迷惑かけることが大嫌いな人だけに、
決して口にはしなかったけど、
絶望感と共にあったんじゃなかろうかと、
容易に推測できるこの1年4カ月という入院生活。
事故直後はもう今夜にでもダメだと、
生き延びても、
自発呼吸もみこめないと、
万が一の時にはどうしてほしいのか、
延命措置を望むのか、
連日医師と話し合う日が続いたけれども、
奇跡的に車イスに乗れるまでみごと回復し、
ご飯まで食べられるようになって。
喜びにわいたのもつかの間、
誤嚥が度重なり、
危険と判断されたことで点滴へと切り替わり、
動く喜びも食べる楽しさも、
すべてを失ってから、
半年すぎくらいになるのかな、
父は天寿をまっとうしました。
新型コロナウイルス騒動で、
入院先の病院が3月には面会禁止となり、
事故以降毎週末通い続けた、
病院へのお見舞いも、
2月末の日曜日が結果的には最後となり、
父の顔をみたのは、
約2カ月ぶりとなりました。
苦しまずに逝った、
その言葉どおり、
ほんとに寝てるようなやすらかな顔で。
「お父さん来たよ~」って声をかけたら、
いつものように、
「おーきたんかぁ」と、
なんだか今にも目をあけそうで、
なんともね。
なかなかきつい瞬間でもありました。
新型コロナウイルスがあったから、
父に会えなかった、
そういう面もあったんだけど、
新型コロナウイルスがあったから、
家族だけで見送りたい、
そんな大義名分にもなってくれて、
おかげさまで家族だけで、
ほんとににぎやかで、
楽しいっていうのも変だけど、
みんなでワイワイ父を懐かしんだ、
そんな時間を過ごすことができました。
新型コロナウイルスがなければ、
関係者が集まる大きなお葬式になって、
父を懐かしむどころか、
受付だ、接客だと、
ただただ対応に追われていただろうから、
これもまた父が最後に残した、
家族へのいたわり、ねぎらいだったのかなと。
父は本家の長男だったから、
喪主の大変さをよく知ってましたからね。
やるな、お父さんと。
新型コロナウイルスで、
志村けんさんが亡くなった時に、
ふと思ったことがあって。
家族に看取られて息を引き取る、
それはほんとに喜ばしいことなのかなと。
逆に、
1人で逝くのははたして、
寂しくかわいそうなことなんだろうかと。
その価値観はどこからだろう。
私はどうしたいかな?と。
ありがとう。そう残す者に伝えて、
安心してこの世を去っていきたいかな?と。
なんかそんなことを考えた時があったんです。
なんとなく ふとね。
結果思いついたのが、
これは個人的な勝手な私のおもいだけど、
私はそれは逆に苦しいなと思ったんです。
私は ですよ。
あってるまちがってるじゃなくてね。
泣きながら見守られて逝くとなれば、
残していく家族が気になるし、
泣かれるとなんか申し訳なくて、
私は逝くに逝けないなと。
気になって気になってね。
だからほっといてほしいかなと。
父がなくなる数日前、
たまたまご近所さんと立ち話をした時に、
亡くなられたその方のお母さんの話になって。
お母さんがいつもと違う言動をしたから、
あれ?と思って病院に泊まり込んだら、
次の朝亡くなったと。
すごいな~って、
その時お話を聞いてたんだけれど、
…じゃあ私の父は…?
私の父ならそうするかな?と。
そうしてイメージを膨らませた時、
…いやぁ、でも、
そういうタイプでもないなと。
父を思い浮かべても、
見送るそのシーン自体が想像できない、
何度考えてもイメージがわかない。
…ということは、
そんな最期でもないのかな…。
そう思ったすぐあとのことだっただけに、
家族がだれも間に合わなかったという最期に、
あー…ある意味父らしいと。
母だけでもない、
家族の誰かだけでもない、
誰も家族がかけつけられない、
そんな時に1人逝った父。
すごいなと。
最後まで父は貫いたんだと。
父は父らしく、
父なりの美学を。
世間一般の価値観とは違うかもしれないけど、
それもまた父らしさだったんだなと。
でもね、
いろいろ考えはするけど、
そんなのはしょせん頭の理解。
心はのみ込めないんですよね。
ひとには感情ってものがありますから。
理性や理屈、
理由だけで納得するものでもないんです。
ただ寝てるような父をずっとずっと見ながら、
やっと鼻の管がとれて良かったね。
重たい体から解放されて良かったねお父さん。
ほんとそれだけで。
悲しさや寂しさって、
なかなかわからないんですよね。
混乱もしてない、
感情にものまれてない、
涙はじわっと浮かぶけど、
でも人がいたらまだ抑えがきく。
…抑える必要もないんですけどね。
これが私のクセなんでしょう。
心の動きを誰にも悟られたくない。
そんなの前から知ってたけど、
ここまでとは正直思わなかった。
わからないものですよね自分のことって。
仮通夜、通夜、告別式、
家族だけだったから、
好奇心に任せて、
ひとつひとつ順に行われる儀式をしっかり見て、
できる限りすべて体験させてもらいました。
湯灌の儀式、納棺、通夜の作法、
告別式、亡くなった父に、
お坊さんが言い渡す別れの言葉、お骨ひろい。
幼い頃みた祖母のお葬式や、
死を連想させるようなものというのは、
怖く恐ろしく禍々しいものだったように思うけど、
親となるとやっぱり違うんですね。
親は親。
死んでもいなくなっても、
やっぱり親は親。
寝てる父をずっと私一人触れてましたからね。
がんばったね、しんどかったねって。
愛おしい大事な大事な存在。
こうして父をなくしてはじめて、
わかりきったことを再度、
頭と心で理解したような気もします。
やせ我慢でもないんだけれど、
「苦手」という意味で、
絶対に親や兄弟の前では泣きたくなくて。
でも、
棺に眠る父に、
花をたむけ最後声をかけたとき、
こらえた意志なんてもろいものですね、
突如涙がとまらなくなってしまって。
気づけばみんなも泣いていて。
もういいよなって、
なんかふっと力が抜けて、
そうしてはじめて、
どれだけ自分が感情を抑えてたのかも知りました。
わからないもんです、ほんとに。
自分のことは。
そんなに抑えてるつもりもないんだから。
父が貫いた美学、
私は到底貫けないやと、
父の偉大さを改めて知ったような気もします。
新型コロナウイルスがくれたこのありあまる時間、
私は再三再四、
自分の価値観、無意識のクセ、
そういったものに気づき、
リニューアルする時だと、
こちらでお伝えしてきました。
まさかこんな形で、
私も自分を再確認するとは思わなかったけど、
自分のクセはもちろんのこと、
価値観どころか、
人生観ですよね、
それが父の死というもので、
変わったような気もします。
後悔せぬように生きる、
そんなのはもう改めて考えずとも、
私の中には入っていること。
父が入院したあの日から、
それはもう私の中でずっと脈打ってるから。
だからそこじゃない。
もっと大切なこと。
それは、
どれだけ生き抜いたか、
どれだけ「私」で生きられたか。
そこなのかなと。
体が動かぬなかで、
あーしておけばこーしておけばと泣き言を言わず、
ただ生き抜いた父。
決して本意ではなかっただろうけど、
でもそれでもまだまだ生きると言っていて、
なんでそう思うんだろう?と、
私は不思議に思ったくらい。
つらくないの?しんどくないの?と。
望む生き方じゃないだろうにと。
でも父はどうあれ、
「生き抜く」を見せてくれたんです。
本人が思うカッコよくではなかったのかもしれないけど。
親って子供を育てるんじゃない、
見て学ばせるんだなと。
生き様を見せて、
お前はどう思う?どう生きる?と。
選択肢のひとつを目の前で、
実際に見せてくれてるんだなと。
だからいつまでも、
親にあーされた、
こーされたという被害者意識では、
前にもあとにも進めないんでしょうね。
強烈なメッセージを、
最後の最後に残して逝った父。
言葉じゃなく態度で、
言葉じゃなく生きざまで。
ほんと我が親ながら、
あっぱれだと思います。
…なんてことを言いつつも、
私も人間なので、
頭の理解にはおっつけず、
しんみりすることもあるんですが、
まぁでもあたりまえですよね。
初めて親をみおくったんだから。
親がいなくなるなんて、
わかるようでわからない。
いるのが当たり前なのに、
突然いなくなるんですから。
なかなかの衝撃です。
死なないとすら思ってしまうのが親。
ありえないんですけどね。
それだけ入っているんでしょうね、
良くも悪くも「親」ってね。
だからこそ、
そんな猛スピードで消化なんてできないし、
さっさと自己完結してのみ込もうとも思わない。
泣くな、立ちあがれ!と叱咤激励するつもりもないし、
湧き上がるものをただ、
私の中にそのまま「滞在」させてあげたいなと。
父を懐かしみながらぼちぼちと、
少なからずうけた衝撃を癒したいと思います。
5月1日からは、
メールカウンセリングもすでに再開し、
いまはいたって平常運転。
メールカウンセリングに関して、
過剰に気を遣われるのも嫌だったので、
父の件はいまの今まで誰にも言いませんでした。
なかなか更新されぬブログを心配して、
温かいメールをくださった方もいました。
お気遣いありがとうございました。
これも私のクセでしょうね、
基本何事も事後報告派なので、
結果いつもびっくりさせてしまうことになるんですが、
…考えようによっては、
そんなところは父に似ているのかも。
今気づきました…(--;)
変なところでリンクするものですね親子って。
何が起こっているのか、
はたまた何も起こっていないのか、
なにもわからないなかで、
大丈夫ですか?と連絡を入れるのは、
勇気のいることだったろうと思います。
お気遣いいただいたみなさま、
ありがとうございます。
私は元気にしていますので、
ご安心ください( ̄ー ̄)
せっかくのGWだし、
お休みが終わってからブログで、
あらためてご報告しようかと思ってましたが、
明日はメルマガ配信日の月曜日、
でも祝日だから休止ですよとお伝えもしたかったので、
夜中に乗じて、
個人的なことですが、
ご報告させていただきました。
引き続き、
自粛とはいえGWですから、
みなさまどうぞ心地よい時間をお過ごしくださいね
■日本潜在意識コミュニケーション育成協会■
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