エクセレントゴルフクラブ 伊勢大鷲コースでのラウンド後に、伊勢神宮に寄ることにしました。ゴルフ場から約40分ほどで行ける距離なので、これはもう行かずにはいられません。
実際に到着してみると、修学旅行生らしき団体も多く、かなりの混雑でした。駐車場も満車だったため、少し離れた場所に停めることに。そこからは本宮よりもおかげ横丁の方が近かったので、先におかげ横丁へ向かいました。ゴルフは早朝スルーで昼食なし。まずは空腹を満たしたかった、というのが正直なところです。
伊勢神宮に行く意味って、正直「人それぞれ」で終わる話ではあるんですが、少し分解すると見えてきます。
まず一番大きいのは、日本人にとっての原点みたいな場所だという点です。ここは天照大神を祀っていて、日本神話の中心そのもの。歴史的にも天皇や国家と深く結びついてきたので、「ただの神社」ではなく、かなり特別なポジションにあります。
それに加えて、「リセット」の意味で行く人も多いです。20年ごとに建て替える式年遷宮に象徴されるように、伊勢は「常に新しく生まれ変わる場所」。人生の節目や、流れを変えたいときに足を運ぶ理由はここにあります。
あと意外と大きいのが「空気」です。内宮の森に入ると、街とは明らかに違う静けさがあって、理屈ではなく体感で整っていく感覚がある。宗教的な意味を抜きにしても、メンタルの整理にはちょうどいい場所です。
一方で現実的に言えば、「行ったから運が良くなる」というものではない。何も変わらない人も普通にいます。ただ、足を運ぶことで区切りをつける効果は確実にあります。その意味では、祈る場所というより、自分の状態を整える場所に近いのかもしれません。
そしてその使い方としてしっくりくるのが、「お願い」よりも先に「感謝を置いてくる」というスタンスです。太陽=生命や恵みの象徴である天照大神に対しては、「○○ください」よりも「ここまで生かされてます、ありがとうございます」という言葉の方が自然に響く。
順番としては、感謝 → 決意や目標 → 軽くお願い、くらいがちょうど良いと思ってます。
たとえば、「これまで無事にやってこれました、ありがとうございます。これからはこういう方向でやっていきます。うまくいくよう見守ってください。」こういう形です。この決意を言うというのが、単なる願望ではなく、自分の行動スイッチになる。

ということで、おかげ横丁で入ったお店では、オムライスとホットコーヒーを注文しました。コーヒーは先に出してもらうようお願いしたのですが、運ばれてきたカップには割れが入っており、コーヒーが漏れていました。ソーサーもすでに漏れたコーヒーでいっぱいの状態です。
店員に伝えると、すぐに新しいものに取り替えてくれました。そしてオムライスが運ばれてきたタイミングで、「コーヒーのお代は要りません」と言われました。
正直、言いたいことはたくさんあります。入店直後の接客もどこか曖昧で、明るさもなく、はっきりした挨拶もない。教育が行き届いていないのかなと感じましたし、カップの割れやソーサーの状態に気づかず提供している点からも、細かな気配りは不足している印象でした。自分のお店ではないし、当事者意識が無くて当たり前かなとか思ってました。正直なところ早く退店したいなと思いましたし選択ミスしたと思いました。
それでも、ここは伊勢神宮のお膝元のお店ですし、「感謝する場所に向かっている」ということを思い出しました。そのうえで、店員にコーヒー代は要らないと言われましたが、オムライス代もコーヒー代も、そのまま支払って店を出ました。
これは「得か損か」ではなく、「どういう関係性で終えるか」を自分で選んだ行動だったと思います。相手の対応を受け取り、必要以上に奪わず、気持ちよく場を終わらせる。そういう形になっているとき、それは言葉だけではない感謝の行動になる。
特別なことをしたわけではないけれど、「ちゃんと受け取って、ちゃんと返す」という循環はすでにできている。伊勢に行く意味も、結局はそういう日常の中にある感謝を、自分の中で整えていくことに繋がっているのかもしれません。
そう考えると、今日のゴルフで大叩きしたことも、新たな気付きを得るための出来事だったのかもしれないと思えてくるから不思議です。
おかげ横丁はまるで原宿のような混雑具合でした。
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御朱印もらって帰りました
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この日はそのまま帰宅しましたが、翌日にはまた繋がりのあるでき事がありましたので、またブログで書きます。



