99話まで書いとった「鬼」シリーズ。
このページは、『鬼の百話』として完結させたい。

「鬼」シリーズではよく記事末尾に赤鬼さん鬼のヒントを書いてたよね。

「鬼」が隠れてるって話しやけど、「隠」の字も、「ONI(鬼)」だよ。

答えはね、

このページの中頃に書いた、
『AUM』「ONI」・・・・・・・・・・・・オニ・鬼
だよ。

もう、たくさんのヒントを忘れちゃったけど、まあ、こんなの。。。

「神」「KAUMI」・・・・・・・・・・『AUM』ひとつ
「般若」「HAUMNYA」・・・・『AUM』ひとつ
「観音」「KAUMNOUM」・・『AUM』ふたつ

こんな風に解けば、

「観音様」は、「KAUMNOUMSAUMA」・・『AUM』みっつ

オイラはね、
なんで、「~命」「~神」「~大御神」の、名に、
「の」を入れるのか不思議に思っとったんよ。

例えば、「~みこと」、「~かみ」、「~おおみかみ」ってね。

たまたまなんやろうけどね、

「~NOUMIKOTO」・・・・・・『AUM』ひとつ
「~NOUKAUMI」・・・・・・・・『AUM』ふたつ
「~NOU AUMIKAUMI」・・・『AUM』みっつ


最後にね、

『本地垂迹(ほんちすいじゃく)』って知っとうや~

またもやウィキから説明していただこう。

本地垂迹(ほんじすいじゃく)とは、仏教が興隆した時代に発生した神仏習合思想の一つで、日本の八百万の神々は、実は様々な仏(菩薩や天部なども含む)が化身として日本の地に現れた権現(ごんげん)であるとする考えである。

本地とは、本来の境地やあり方のことで、垂迹とは、迹(あと)を垂れるという意味で、神仏が現れることを言う。究極の本地は、宇宙の真理そのものである法身であるとし、これを本地法身(ほんちほっしん)という。また権現のとは「権大納言」などと同じく「臨時の」「仮の」という意味で、仏が神の形を取って仮に現れたことを示す。

つまりぃ、

「神様」とかは、『垂迹』、仮の姿で、
『本地』が、その本来の境地やあり方
やということ。

まあ、これを並べた方が解り易いかな?

ウィキから引用した方が信用できるかな?

はい、そうしまひょ。

引用開始>

神の正体とされる仏を本地仏という。神々に付会される仏は、宗派、信仰、寺院、神社によって異なる。

日本の神の仏号は菩薩が多く、八幡大菩薩は阿弥陀如来であるなど本地仏の仏号との相違もみられる。

垂迹神と本地仏の一例を以下に示す。

  • 天照大神 = 大日如来十一面観世音菩薩
  • 八幡神 = 阿弥陀如来 = 応神天皇
  • 熊野権現 = 阿弥陀如来、善財王とその妃・王子(熊野曼荼羅)
  • 日吉 = 天照大神 = 大日如来
  • 市杵島姫 = 弁才天
  • 愛宕権現 = 智明権現 = 勝軍地蔵菩薩
  • 秋葉権現 = 観音菩薩
  • 素盞鳴 = 牛頭天王薬師如来
  • 大国主 = 大黒天
  • 東照大権現(徳川家康) = 薬師如来
  • 松尾 = 薬師如来

                           <引用おしまい



大日如来」=「薬師如来」やけん

まあ、ここに上げられた神さん達が、
全て『バアル神』だとは書かれて無いけどね。 

オイラの答えは、『全て、バアル神』や。

『内在神』なんやで。


そして、「コロコロ」(フルフル)とは、
『バアル神』『666』そのものや。

日本語で、上手いこと言い表した漢字がある。

『忄』、『心御柱』の象形文字 
りっしんべん
カバラ立心

「心」(こころ)や。



★ おまけ

太古からの、世界中の神々の図を含めて、
人々が信仰していたのは、『バアル神』や。

さあ、「鬼(隠)」を、表に出したでぇ。



八十の神

世界同一の神纏め



八十の6八十の3

147fc036    

聖徳太子



三本杉