人間、頭では分かっていても実際に体験すると
「分かってなかった!」なんて感じることがあると思う。
例えば、文字でどんなに事細かに
あらゆる比喩を使って事例を表現されたものを読んでも
1回の体験には敵わない。
どんなに臨場感があってもやはり想像でしかない。
まぁのっけからこういう書き方すると
何か重大なことでも起きたのか!と思わせてしまう
空気があるが、まぁ言うほど大きな出来事ではない。
私の目から鱗はポローンと落ちはしたが
大した話ではない![]()
私の夫は私とは味の好みが違う。
違う舌を持つ人種と思っていい。
それは結婚前から薄々分かっていてそれでも
それがそんなに大きな問題だとは思っていなかった。
他人なんだから…ってことで理解していた。
やがてナツが生まれて。
この人はお腹にいる時から私の好みの味で育っているので
成長するにつれ母親の作るご飯に感化されていく。
なので自然と同じ舌になっていく訳だが。
この前ナツがサプライズで帰ってきた時
ものすごい久しぶりに2人きりでご飯を食べた。
自分でも作ったし外食でランチもしたのだが
何一つ迷うことなくいい時間を過ごすことができた。
またナツは弾丸で戻っていったのだが
彼女がいなくなってから2人で過ごした時間を反芻していると
そのありがたみが後追いで押し寄せてきた。
なんてストレスがないんだろう!!
ここまでくると言わずもがなではあるが
夫が帰ってきてメニューを考える事や
食べた時の反応やら、食べ方のマナー云々など
実は私にとってはストレスの塊だったんだ、
ということが分かってしまった![]()
頭では他人だから仕方ないと理解していたが
そうではない世界線がある。
自分の他に一緒にご飯を食べる人がいても
ストレスを一切感じないこともあるのだ。
乳製品を使ってはいけない、
小洒落た料理を出してみても丸呑みされる。
作り手としては最悪な客である。
何となく…やった事はないが運動部男子の胃を支える
食堂のおばちゃんの気分である。
胃袋がいっぱいになれば何でもいいのかっ。
食事とはそういうものではない…と
久しぶりに感じた。
しかしまぁある意味、改めてそういうのを感じては
いけなかったのかもしれない。
だって夫の方が「2人」になる時間が多いんだもんなー。
ストレス源がのびのびしてるのを
今後どういう目で見てればいいんだって気持ちに
なってしまうよ。
そんなナツとランチで食べたカレー。
春野菜とエビのカレーを頼んだ。
このほかにビリヤニも食べた。
どれも美味しくて2人でシェアしながら
味わって食べた。
帰ってから思う。
そうか、エビって美味しいんだな…![]()
いや、知ってたさ、知ってたけども!
改めて思ったのよ、あぁーエビうめぇ〜って。
という訳で、エビに着手!
エビの殻を剥いてよく洗い
そこに卵白と片栗粉、塩コショウです。
これを混ぜ混ぜーってすると衣がつく。
もう少し片栗粉あってもよかったかも。
これを揚げ焼きにする。
そこに纏わせるソースがこちら。
YouTubeで見つけたどなたかのレシピです。
卵黄も使うしいいね
と思って真似っこしてみた。
レタスを敷きたかったけど、なかったので
きゅうりです![]()
これを食卓に出した時、夫が開口一番
あっ!エビチリ!と言った。
そしてその直後自分で言い放った言葉に迷いが生じる。
…エビチリ?いや違うよな、エビ…エビ…
エビ何?
エビマヨか![]()
そうです。
正解はエビマヨです。
多分エビチリの方が言いやすかったんかな
言いやすいって何だよ、ちゃんと脳を通してから
ものを言えよ。
尚、エビマヨは美味かったそうです。
例よって感想を述べないので脅しました。





