うそっ!?

戦前の海軍航空隊が、

「占い師」を雇っていた?

 

こんにちは、天満です。

 

ブログに訪問いただき

ありがとうございます。

 

このご縁に

心より感謝致します。

 

現在、

対面、電話、メールにて

鑑定を行っています。

 

そして

 

サロンオープンに向けて準備中です。

 

東京メトロ東西線

妙典駅から徒歩8分、

住宅街にある落ち着いた

プライベートサロンです。

   

ゆっくりお話ができる完全予約制。

 

 

昭和11年、霞ヶ浦航空隊では

パイロットの訓練中の墜落事故が

多いことに悩まされていました。

 

その頃の海軍は、

東大の心理学教室に

適性検査を依頼していましたが、

あまりに訓練中の事故が多いため

 

「事故が多いのは

操縦者の選考に問題があるのではないか」
と考えた者が、

 

手相骨相をよく見るという

「水野義人」という青年を

霞ヶ浦航空隊の副長に紹介しました。
 

もちろん、半信半疑ではありましたが、

彼の実力を試してみることになり、

 

120名ほどの教官や教員の適性を
甲乙丙の3段階で

評価させることにしました。

 

水野は5秒~6秒ずつ

彼らの顔を凝視して

どんどん評価していきました。

 

その結果に軍の上層部は驚きました。

 

航空隊が長年にわたる

訓練の結果を記録した成績と、

今水野が目の前で瞬時に判断した結果が

83~87%の確率で一致したのです。

 

それでも
水野の正式採用に

周りは猛反対です。


占いという非科学的な方法を

採用することにはかなり

抵抗があったようです

 

水野に傾倒するようになった

副長や教育部長は

山本五十六に相談。

 

水野は山本の面前で

腕前を披露することになりました。

 

 

山本五十六が、

骨相、手相についての

基本的な説明を聞いた後、

 

その場に集めた海軍士官たちの

適性や経歴を鑑定させてみると、

見事な的中率だったそうです。

 

結局、水野は

「海軍航空本部嘱託」として

海軍に採用され、


霞ヶ浦航空隊で練習生、

予備学生の採用試験に

立ち会うようになりました。

 

その後、各地の航空隊にて

24万人もの面接をし、

 

航空隊での墜落事故は

激減したそうです。

 

 

水野は

 

第二次世界大戦中直前には、

未亡人になる相が出ている

婦人が増えたことから

戦争が始まることを言い当て、


軍人たちの顔に

死相が出ているのを見て

戦極が悪くなることや、


町を歩く人たちや軍人の顔から

死相が減ってきたことで

まもなく終戦を迎えると

言い当てたそうです。

 

昭和17年には「奏任官」待遇となり、

終戦時には「海軍教授」に

任ぜられていました。


終戦後は、復員局で

若い復員者の進路相談や

 

「司法省嘱託」として、

調布刑務所で

犯罪者の人相の研究にあたったり、

 

会社の相談役として

採用や配置などの助言を

行ったそうです。

 

 今日はちょっと違った視点から

占いのお話でした。

 

最後までお読みいただき

ありがとうございました。

 

 

 

オープン2週間前から先行予約受付開始します。

 

楽しみにお待ちいただければ幸いです♡