リブログ記事自己肯定感よりも、ほしかったもの。
こんにちは。みのりんです。最近、2020年の自分について、考えてみます。思えば、2019年はそんなことにも思い至らなかったような気がして。先の自分を考える、自分の未来を構想するという「余裕」は、私には未来があるということを、絶望しなくてもよくなった、ということ。ほんと、誤解を恐れず言うならば、私はずっと死にたかった。これを、自己肯定感のなさだと思って感じてきたのですが、▼こんなポエムまで書いたり▼https://www.instagram.com/p/B4rkNGKgU2V/ちょっと違うかもしれないな、と。ナリ君のこれをみて、びっくりしたんです。自分好き、とかないでしょ。自分のやりたいことを好きにできるっていうことが、端から見たら自分のこと好きっていうことで、自分のこと好きそうに見える人は、別に自分のことなんてどうでもいい。※意訳メモやだ!!もう衝撃!でね、うちのだーりん(自己肯定感のかたまりにみえる)にも聞いてみるわけです。「じぶんのことすき?」「そうだね。別に好きでも嫌いでもないよ。しょうがないじゃん。自分だもん。すっごく頑張れば、キムタクにしてあげるっていうんなら、ちょっと頑張るかもしれないけど、まあキムタクになっても大変そうだしね。僕はこれで生きてくしかないし、なんとかするしかないじゃん。別に好きも嫌いもないよ」・・・家にいる神様(by心屋さん)ってこれですね。なんで、私が自己肯定感を上げるために頑張っていたかというと、いつでも、圧倒的に、「お前なんか死んだほうが良い」「いないほうがいい」っていう声がどこからか聞こえてたから。それに反発するため、対抗するためだったという気がしてならないのです。「違う。私は生きててもいい。なぜなら、こんな風に役に立つから、こんな風な役割があるから、こんなにいいことをするから、こんなに、人を愛せるから、こんなに、こんなに、こんなに。。。」それはそれはヒステリックな抵抗を、その声に向かって主張していたのですよね。あーつらかったな。でもさ、「お前なんか死んだほうが良い」っていうその声の主はだれだったか、というと、まあやっぱり私で。その声に反発する前に、ただ見てみるとか、たわむれてみるっていうことが必要だったのかなと。「お前なんかいなくなったほうがいい」「どうしたよ。そんな黒々と私の前に立ちはだかって。どうしたの?さびしいの?だめなの?何に罪悪感をかかえてるの。戦うものはもうなくなったよ。あなた平和なお花畑で、一生懸命暗黒の雲をだしてるけど、それいる?その感じ好きなの?わたしはもう卒業するよ。」「ちょっと新しいおもちゃで遊んでくるね。君も怖い顔してないでさ、一緒にはなかんむりつくればいいのに。変わってんね。まあ、あたしだしね。いっしょに行こうよ。君ががんばってるのは知ってるよ」それくらいなのかなって。あーあ、しあわせになるのってほんと暇すぎるね。もう!***自己否定感なんかどうでもいい!!2020が待ち遠しくなる!予祝セッション先行予約受付中!▼詳細はこちら▼https://ameblo.mom/foihyoi/entry-12553528619.html【みのりんイベントなどのご案内】みのりんのイベントやセッションについては、、メルマガ、LINE@から、ご案内していきます。ぜひ、ご登録くださいね☆◇メルマガ 登録https://resast.jp/subscribe/104715/979349◇LINE@ 登録https://line.me/R/ti/p/%40zgx5715r検索は@zgx5715rで、どうぞ☆▼プロフィールなどはこちら▼https://peraichi.com/landing_pages/view/doc86*参考ブログ自己肯定感を上げようとしているうちは苦しい(いちいけいこさん)https://ameblo.mom/favorite--life/entry-12557369577.html二極性思考からの離れ方https://ameblo.mom/favorite--life/entry-12560114054.html言向和(35) 悪を抱き参らせる(飯塚弘明さん)https://iizukahiroaki.com/?p=1085■そもそも 神は 家の中に、いる(心屋仁之助さん)https://ameblo.mom/kokoro-ya/entry-11612033119.html