鬼嫁更新中です♡笑
※…って書いたら「振り込むほどの大金をもらったんですね⁈!」と勘違いさせちゃったみたいなのですが、
単にATM行けなくて現金が手元になかったためです。笑
自分を愛するとか
自分を好きになるとか
こんなに簡単そうに見えるのに
どうしてこんなにややこしいのかしら、
とわたしでさえ
いつもそう思っています。笑
ご自愛、という言葉が
気になりすぎた発端としては
実家によく届いていた
季節のご挨拶分にあった
「ご自愛ください」の文字でした。
ご自身を労ってください
ご自身を大事になさってください
そういう、他人になら
上手に向けられる気持ちを
自分自身に向ける。
ご自愛ライフスタイル研究室では
ご自愛って、
そういう意味で使っています。
そしてもうひとつ、
ご自愛という字面から、
自分を愛しましょう、
という言い方で伝えていますが、
実は本当は、
能動的に愛おしむ、
というよりはむしろ受動的に、
どうしようもなく
性懲りもない自分であることを
仕方なく受容れる
という意味の方が
大変にしっくりくるのが、
わたしの提案しているご自愛なのです。
てことは
別に自分のことを嫌いでも
ご自愛はできるし
幸せにもなれちゃうんですよ。笑笑
むしろ
自分を愛さなければ
幸せになれない
とか
自分さえ好きになれない自分を
一体誰が好きになってくれるというの?
と
自分を責めたり
追い詰めたりするのは
全然ご自愛じゃないよね。笑笑
あーこのクソデブな自分、嫌だな
あーこのうだつの上がらない自分、嫌いだな
わたしも何度もそんな風に思って来たし
今も度々そんなことを思います。笑笑
でもね、どんなに嫌なわたしでも
わたしだけは
わたしから距離を置くことはできないんだ。笑
↑
そんな当たり前のことに本当に気づけたのは、
実は31歳ぐらいの時でした。笑笑
気付いてもなお、
どうにか自分を変えることで
自分を愛しやすくしようと
もがいてしまったらもしています。
今の自分のことを、
大好きだと思えなくてもいい。
ただ、
今の自分も過去の自分も未来の自分も、
どんな自分と一緒にいるのは
自分自身に他ならないんですね。
これね、
当たり前すぎることを
偉そうに言ってるだけですけど・笑、
なんだかんだそういう現実を
受け止めきれてない人こそが
「自分に愛される自分になりさえすればいい」
っていう勘違いをするんだよ。
そういう警告です。
自分に愛されたい!のも
他人に愛されたい!のも
結局は同じことを言ってるだけです。
どうしようもないあなた自身、
どうしようもない今のあなたそのもの、
その人を仕方なく受容れる、
そういう地味な姿勢こそが
本当のご自愛の一歩なんですね。
どんなわたしでもいい、
ではなくても良くて
こんなわたし嫌いだけど
それでもうまくやっていこう、
っていう
そういう努力というか。笑
そうやってるだけで
そのうちだんだん
あれ、自分で結構いいじゃん
とか
勝手に思えるようになっちゃうんだけどね
笑
笑
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