育ったものと、残り続けたもの
最近、お客様からいただいた感想やメッセージを読み返していました。
ファッションのこと。
アートのこと。
別々の活動だと思っていたけれど、そこに共通するものがあることに気づきました。
ファッションでは、その人の中で何かが育っていました。
以前は素敵な人を見るたびに、
「いいなぁ」
「私もあんなふうになれたらな」
と思っていた方が、自分なりのおしゃれを楽しめるようになったり。
「この服をどう着たらいいですか?」
という相談が、
「普通に見えても、なんだかおしゃれに見える着こなしがしたい」
に変わっていったり。
似合う服やコーディネートのテクニックをお伝えしているつもりでしたが、その先で育っていたのは、自分の好きや心地よさを大切にする感覚だったのかもしれません。
一方で、アートでは残り続けたものがありました。
「昨年見た時から忘れられなかったんです」
そんな言葉とともに作品をお迎えいただいたことがありました。
また別の方は、毎日目に入る場所に飾ってくださっていたり、見るたびに気持ちが落ち着くと話してくださったり。
作品は完成した時点で私の手を離れます。
けれど、その先の暮らしの中で誰かの時間に寄り添い続けていることがあります。
それはとてもありがたくて、嬉しいことです。
育ったものと、残り続けたもの。
形は違うけれど、そのどちらも、その人自身につながるものだったように思います。
何を着るかを考えることは、
「私はどうありたい?」
「私は何が好き?」
を考えること。
アートを飾ることもまた、
自分が大切にしたい感覚や心地よさを思い出すことなのかもしれません。
オシャレもアートも香りも、自分が心地よく、気分良く生きるための入口です。
今日よりもちょっとだけ明日が楽しくなるためのツールだと思うのですが、それを得たところで何も変わらないと思う時は、心を疑った方がいいのかなと、過去の体験から思います。
外側に求めている間は何も変わらない、というか、逆に減っていく。
だからこそ、物やサービスを通してではあるけど、その先のもっと深い部分での喜びを感じていただけたら
いいなと思っています。
そして、それぞれのタイミングで、誰かの中に何かが育ったり、残り続けたりしていることを知るたびに、この仕事を続けてきてよかったなと思うのでした。


