勝福寺 追儺式 | 教育士さおりの 子育てこぼれ噺

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赤おに、青鬼、白鬼、黒鬼、天狗が勢ぞろいしたところ。火が暑くて近寄れないくらい。

鬼さんたちがんばってます。


さおりんごとくま吉のぽれぽれ日記


鬼おどり 火をもったままがんばって踊りはります。


さおりんごとくま吉のぽれぽれ日記


東須磨ー板宿間にある桂尾山(かつらおさん)勝福寺(しょうふくじ)というお寺で18時から行事があったので行って来ました。


勝福寺は988年(987?本によって違う)、太政大臣藤原の伊尹の三男、藤原英雄丸が天皇の命令で鷹取山の麓に庵を建て、鹿松峠(かのししまつとうげ)に出没していた鬼人を仏教の法力で退散した後に開いた寺だということです。


七堂伽藍、三十六坊を有する大寺院だったが土砂災害や1351年の高師直
の大火など度重なる災害で小さくなってしまっています。


足利尊氏が戦に負けて、切腹しようとしたと伝えられているお寺でもあります。

近くには菅原道真が大宰府に行く途中に立ち寄り、村の人に板で風除けをつくって休んだという「板宿」、菅原道真を追って都の松が飛んできた「飛松」があり、歴史ある土地です。


今夜の鬼儺式はとても寒い中で行われましたが、護摩焚きがあったので、
めっちゃ炎が燃え盛っていて暑かったです。


会場では甘酒もふるまわれていました。


鬼のお面をかぶった人が藁の先に火をつけて振り回したり(火振り)
鬼が四股を踏んだり(鬼踊り)
小鬼(ほんまに子どもがやる)がカッタリコという五色に彩られた棒を持って独特のステップを踏んだりと、なかなか趣深い古来の行事でありました。


1~8回、大人の鬼と子どもの鬼が踊った後に小鬼が餅を持ってきて
大人の鬼が槌で割る。その後鬼がくじ引きをして行事が終わりとなります。

昭和50年ごろにはなくなっていたそうですが、保存会の方々の努力で復活されたそうで、よくがんばってはりました。


<鬼難式式次第>
1.鬼おどりまでの儀式
燈灯に明かりを入れる
トンド火付け
住職法楽後聖火受け火を付ける
赤鬼 白鬼 山門に住職先導 角松を取りに行く

赤鬼太郎(青カシ)を持ち白鬼次郎(赤ホソ)を持ちトンド火口に運び、
赤ホソ下 青カシ上 ×印に組み焚く


2.鬼おどり
1回目 赤鬼(斧)白鬼(槌)鬼おどり

2回目 小鬼4匹 火振り

3回目 小鬼4匹カッタリコ

4回目 赤鬼(斧)白鬼(槌)青鬼 鬼おどり

5回目 小鬼4匹 カッタリコ 

6回目 赤鬼(斧)白鬼(槌)青鬼 黒鬼 天狗 鬼おどり 

7回目 小鬼4匹 カッタリコ

8回目 赤鬼(斧)白鬼(槌)青鬼 黒鬼 天狗 鬼おどり

9回目 小鬼4匹 餅切盆を持って来る 

10回目 餅切赤鬼(斧)白鬼(槌)

    他の鬼は舞台外で待つ

11回目 くじ引き赤鬼白鬼青鬼


※追儺(ついな)とは、大晦日(12月30日 (旧暦))の宮中の年中行事であり、平安時代の初期頃から行われている鬼払いの儀式。「鬼やらい」(鬼遣らい、鬼儺などとも表記)、「儺(な)やらい」とも呼ばれる。追儺はもとは中国の行事であり、宮廷の年中行事となり、現在の節分の元となった行事である。(ウィキペディア)