沖縄の娘
大学の寮に住んでいたけど、今年の春から寮を出るとのことで引っ越しをしていました
「友達が手伝ってくれるからお母さんは手伝いに来なくていいよ」
そう告げられ残念ながら沖縄に行くチャンスを奪わてしまいました(笑)
それにしても娘は生まれた瞬間から自己主張のハッキリとした自分を曲げない子で
敏感過ぎて寝ない
寝ないし機嫌が悪い
おっぱい以外は口にも入れない
私と夫以外の人が抱くと泣きすぎて過呼吸になり息をせず気を失うという
それはそれは
育てにくい子供でした
しかも自分の不器用さや頑なさを引き継いだ娘は
それだけ苦労して育てていても
その当時、自分を愛しきれなかった私は
自分にそっくりな娘をどう扱っていいか分からず困り果てていました
そのことが娘には「弟ばかり可愛がって自分を可愛がってくれない」と感じたらしく
いつも泣きながら怒りをぶつけてくるたびに困り果てて
「そんなことはないよ」と言う以外どうする事も出来なかったでんですよね。。
そして私は自分に厳しいのでしょうかね?
娘にも自分と同じように「この子は強いから大丈夫」
今思えば虐待やったなぁと思ってしまう程に💦
かなり厳しく、そして我慢をさせて育てしまったんですよねぇ
後悔ばかり先にたってしまい申し訳なさが募りながら娘との関係が和解できたのは本当にごく最近です
彼女が沖縄に移り住んだことで逆に心の距離が近くなり
今ではお互いの気持ちを打ち明けることが出来るようになったのです
そんな娘が引っ越しをしながら何やら感じたんでしょうね。。
深夜3時ころ
綿棒ワークに疲れたのでそろそろ寝ようかと思っていたところに
LINEを送って来てくれました
いやね
本当は恥ずかしくて「大切や」とか「愛してるよ」なんて口では言うたことないんです
そんでもこれだけ距離が離れているからこそ
そして夜中のLINEだからこそですね
こんな表現も出来てしまったりしてね(照)
そしてしみじみと有難いなぁ
泣けますやんかいさぁ~~~(笑)
娘の言葉に私の中の後悔や懺悔なんかも洗い流されて
とても癒されたんです
夜中で冷え切っていた体とハートが温かくなりました
子育てってマジで一筋縄ではいかんですよね
子育てしたか、していないかではなくて
私たちが今ここにこうやって生きておられるってことは
誰かが私たちに手を掛け、愛を掛けて育ててくれたんですよね
私は実家の母が未だに苦手です
でも私にも年老いた母を幸せにしてきただろうかと
そんな想いがやってきました
家族って愛がある
愛があるのにすれ違うことってありますもんよねぇ。。。
子供たちが大きくなったもんだと
しみじみと感じたのでした
最後までお付き合い頂きありがとうございました
HIRO☆ヒロ。でした


