おはようございます。
実は昨日、とても懐かしく、そして若かりし24年前の自分にタイムスリップするような出来事がありました。
24年前、私はとある人に夢中になり、追いかけ回していました(笑)。
って別にストーカーじゃないですよ。
ある宝塚スターに夢中になって、私の歴史に残る”ヅカファンどっぷり生活”を送った経験があるのです。多分2年間くらいでしたけれど。
その時夢中になったのが、高嶺ふぶきさん(現在は改名され、たかね吹々己さんです。ここでは愛称のゆきちゃんと呼びます)。
そのゆきちゃんが、甲状腺乳頭がんの手術を受けることになり、その手術が声帯に影響を及ぼすもので、会話は可能でも歌唱出来る声を失うことになるんだそうです。
「会話はできても、満足のいく歌を届けるのは難しくなる。その状態で表舞台に立つのは自分のプライドが許さない」
ということで、芸能界引退を決めたゆきちゃん。
引退後は、宝塚時代の上級生の推薦があり、身体が回復した後は女将として山口県周防大島町にある旅館の再建に取り組むことが決まっています。
そして、手術前日の昨日の夜、最後の歌声をインスタライブで聴かせてくれるということを、お久しぶりのファン仲間だった友達がメールをくれて、初めてインスタライブなるものを鑑賞したのです。
昨日の夜は、400人もの人と一緒に彼女の最後の歌声を聴かせてもらいました。
一気に24年前のあの頃に戻ったような感覚。
彼女の歌声には何度励まされ、勇気をもらい、そして当時の私の生きる糧とさせてもらってきたかしれない。
当時私が彼女にこれほどのめり込んだきっかけは、阪神大震災でした。
被災し、家も失い、生きる希望も失ってほとんど抜け殻のようになっていました。
それまでもはまっていた宝塚であり、ゆきちゃんでしたが、それすらもその時の私にとっては、もうどうでもいい、という気持ちになっており、何を見ても楽しいとかいう感覚がなくなっていたんですね。
そんな私でしたが、当時のファン仲間の友達が、「ゆきちゃんお稽古開始するみたいよ、会いに行かない?」と誘ってくれたんですね。
ゆきちゃんも実は当時バウホールという大劇場横の小劇場で公演中でしたが、震災により劇場も被害を受け公演は中止となっていました。
その誘いに、正直、もうどうでもいい、と思ってはいましたが、友達には久々に会いたいかなと思って、行くことを決めた。
久々に宝塚に向かう阪急電車の中から見えたのは、我が町神戸と同様大きな被害を受けていた宝塚の街並みでした。
そしていつも入り待ちをしていた花の道に着く。
そして、お稽古を終えたゆきちゃんが出て来て、サングラス越しに、ファンの私たちにこう声をかけてくれました。
「みんな、大変だけど、元気でね。」
と。
出待ちや入り待ちでは、手を振ってはくれても、自らファンに声をかける、ということはほとんどなかったのですが、その時はそうやって私たちに励ましの言葉をかけてくれたんです。
この一言がもう私には効果てきめんでした。
よし、頑張る!
自分でもびっくりするくらいに、真っ暗だった世界に光が差し込んで、頑張って今を生きよう!と思う気持ちが湧いてきた。
それと同時に・・・ゆきちゃんに対する思いがもう止まらなくなってしまったのです。
そこからの私は、激しく”中毒”とも言えるようなヅカファンへの道を転がり落ちて行きました。
公演中は、多分30回は観に行き、週末は、楽屋入りから楽屋出までのフルコース。
もちろん2回公演の場合は2回とも観る。
公演のないお稽古期間でも、行ける時は入り待ちや出待ちに行く。
宝塚に住もうかと本気で考えたこともあるし、それは無理でも、定期券は買えるんじゃないか?とかね。
稼いだお金はほとんど費やした。余暇の時間も費やした。もう、当時できるすべては費やしたんじゃないでしょうか。
でも、あれほどに夢中になった人がいたことは後にも先にもあの時だけ。
今思い返せば、私は狂っていたんじゃないか?と思えるほどのめり込んだ20代の私。
ゆきちゃんが退団すると同時に少しずつ宝塚は観なくなっていきました。
そして時が経って完全に観なくなってしまい、当時のことは自虐的に思い出すくらい。
ほんまにえらいお金使ったなあ。
私、あほやったんやろか。
マンションを買う時などは、あの時使ったお金を貯めていたら頭金に回せたのに、と思うこともなきにしもあらずでした。
でも昨日、久々にゆきちゃんに・・・オンライン越しにではありますが・・・会うことができ、当時と変わらず歌声を聴くことができた。
魂が震えるような感覚。彼女が精いっぱい、最後の歌声を聴かせてくれようとしているのが痛いほどに伝わって。
私がはまっていた2年間の思い出が、走馬灯のように駆け巡りました。
確かに、時間もお金も捧げて、ほとんどこの人のために生きていた、といっても過言ではなかったあの頃。
はたから見れば、ばかじゃないの、と思われるかもしれません。
でも、あれでよかったんだ、と改めて思ったのです。
あの時を過ごすことが、あの時の私には必要だったんだと。
あの時生きる勇気、励みをもらったからこそ、今の私がある。
そして、幸せな瞬間も山ほどもらった。十分すぎるくらいに。
今の私に繋げてくれて、ありがとう、の言葉以外の言葉が見つからないな、と思います。
そんなゆきちゃんが、歌えなくなり、15の時からいた芸能界を、引退する。
相変わらず潔いなと思うと同時に、第二の人生も、彼女らしく全力投球するんだろうなと想像できる。
どうか、第二の人生に幸あれ。そして、お疲れ様。
今日の手術の無事を心から祈っています。
もちろん、周防島に、会いに行きますよ。
ゆきちゃんサヨナラ公演の東京公演の巨大ポスターと。
本日もお読みいただきありがとうございました。

