日本から魚の干物が消える日!? | 心と体を健康にするダイエット法

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いつもありがとうございます。
ハッピーダイエットの船田です、

このままでは日本の水産物はいずれ消滅しますね。

そもそも、漁獲量が激減しているし、漁師も激減して高齢化してる。

魚といえば養殖魚ばかりで、遺伝子組み換え飼料を食べて育つから健康に良いとは言えない。

お手軽な魚といえば、干物がありますが、干物業者は零細事業者が多くて消滅の危機。

そもそも、昔は安かった干物が、今は高級品になっていて、手軽に食べられない。

しかも、焼くと臭うし、パンや麺類には合わない。
このままでは、日本の干物が無くなる日も近いです。

干物は子供の頃によく食べたけどなぁ。
インボイス制度と食品衛生法の改悪でとどめを刺されるかもしれませんね・・・。



 



日本の食卓に馴染み深い「干物」だが、消費額も生産量も減少傾向にある。総務省の家計調査によると、「塩干魚介」の1世帯当たり年間支出額は、2000年は1万9876円だったのが、2022年には1万3024円となり、約20年で約35%減少している。生産量の減少はより深刻だ。農林水産省の「水産加工統計調査」を見ると、「塩干品」の生産量は2004年の23万4981トンから2021年には11万7757トンと、約15年でほぼ半減した計算になる。


 日本の食卓の「干物離れ」が進行するなか、廃業する干物業者も出ている。干物業者と消費者の声から、干物業界の厳しい実情に迫った。


「最後に食べたのがいつか思い出せない」


 まずは消費者の声から紹介しよう。「干物を最後に食べたのがいつだったか、思い出せない」と話すのは、メーカーに勤務するAさん(30代男性、都内在住)だ。


「実家にいた20年前くらい前は、あじの開きがよく夕食のおかずとして出ていました。一人暮らしになったのは10年前ですが、自分で魚を焼いたことは一度もありません。グリルを洗うのが面倒だし、部屋に魚のにおいがつくのもイヤだからです」(Aさん)


 IT企業勤務のBさん(40代女性、都内在住)も、「最近干物はまったく食べていない」というが、決して魚が嫌いというわけでなく、「むしろ好き」。ではなぜ、干物を食べないのか。


「昔は、干物は魚をさばく必要がないし、生ものよりは保存がきく、といった点で重宝していました。安いのも魅力で、5枚で500~600円ぐらいのあじの開きをよく買っていたものです。でも、だんだん値段が上がっていって、前と同じ金額だと、身が薄くて小さなものしか買えなくなりました。今は、そこそこ肉厚でおいしそうなものを買おうとすると、1枚数百円するんですよね」(Bさん)


一方で、「週5で食べている」という人がいた。広告代理店勤務のCさん(30代男性、都内在住)は、「小学生の子供が肉を食べたがらず、魚も生魚を食べない」という事情から、干物がよく食卓にのぼる生活だという。ただし、「子供の好みが違っていたら、もう10年以上食べていないかもしれませんね」とも語る。


社員旅行が減り、インバウンド需要も消滅


 干物作りが盛んな静岡で生まれ育ち、実家は昭和初期創業の干物屋だというDさん(30代男性)が、「もっとも繁盛していた時期」を回想する。


「実家では生魚、干物、乾物を扱っています。干物は自家製で、アジとイカがメイン。最盛期はバブルの後ぐらいで、僕が子供の頃、国内ツアーの観光バスがたくさん来ていた記憶があります。ツアー会社と提携していて、ルートに組み込んでくれたんですよね。最大で1日40台のバスが来たという話も聞きました。特に年末の繁忙期はすごい売上だったようです」


 国内ツアーで多かったのは社員旅行。旅行土産として干物は好まれていたようで、1日に200枚ほど売れたこともあったというが、Dさんは、「僕が大学生だった2000年代半ばには、そういうツアーが少なくなった印象です。社員旅行をする会社も減ったのでは」と話す。


 2009年に富士山静岡空港が開港したのを機に、海外からも観光客が来るようになったが、そうしたインバウンド需要も新型コロナウイルスの感染拡大を機に激減した。そんな変化を目の当たりにしてきたDさんは、今の干物離れをどう感じているのか。


「干物を食べなくなったのは、やはり値段が高くなったのが大きいと思います。あとは、缶詰や惣菜など、手軽に食べられる魚の加工品の選択肢も多くなりましたよね。シニア層も干物ではなく、缶詰やレンジで温めるだけでよい魚の惣菜を買ったりしています。


 また、干物屋は大規模なチェーン店ではなく、個人商店でやってるところがほとんどなので、販路拡大が難しい現実もあります」(Dさん)


「開けば開くほど赤字」になる事情

 静岡県清水区で、明治後期創業の干物屋「久保田商店」を営んでいた久保田光治さん(50代)は、昨年、店を畳んだ。久保田さんが10年ほど前に家業を継いだとき、すでに干物の売り上げは赤字で、しらすでどうにか採算をとっていた状態だったという。

「店ではノルウェーやドーバー海峡でとれるとろあじを使っていました。脂がのっていて、肉厚でおいしいからです。その原材料価格が年々上がっていたのですが、うちはなかなかそれを価格に転嫁できなくて……。値上げしたら確実に売上が落ちるんです。だから、干物は“開けば開くほど赤字”だったのが現状です。そんな状況で、日本食が世界に広まったこと、国産のあじが不漁など、複合的な理由から、原材料そのものが回ってこなくなりました」(久保田さん、以下「」内同)


 久保田さんによれば、干物の“卸し先”が少なくなったことも要因の一つだという。


「個人でやっているような魚屋や小規模なスーパーでは買い取ってもらえたものが、最近増えた大きなスーパーでは、買い取ってもらえなくなった。大型スーパーでは不揃いのものが敬遠され、『大きさをそろえてください』と言われるのです。


 その要望に応えるために、例えば1000枚を卸すなら、余裕をみて3000枚作る必要が出てくる。残った2000枚は、最初こそ魚屋さんや小規模スーパーに卸すことができました。でも、そういったお店が大型スーパーに淘汰され、にっちもさっちもいかない状態になりました」

 久保田さんは、干物離れについて、値上がりだけでなく“時短”の感覚が加速度的に変わったことも大きいと指摘する。

「干物は焼くだけでよいので、手軽に食べられるものの代表格でしたが、もはや『焼く』ことさえも面倒、という時代になりつつあるんでしょうね。静岡でも、焼いた干物が売っているくらいです。ただ、『もらうと嬉しい』という人はまだまだ多い。贈答品や高級品として生き残る道はあると思います」

 時代の変化で窮地に立たされている干物。このまま日本の食卓からフェードアウトしていってしまうのか。(了)

写真提供/久保田商店


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