「表現」すること。
小さい頃から沢山教えられてきた言葉だが、
実際の意味は捉えれきれていなかった。
ことだま師仲間のつちのこ(金子慶子さん)から、
この共創自分Liveの案内をもらった時、
「何か知らんけど心がザワザワする」と思った。
決してワクワクではない。
本当はこういうのやりたいよな。うん、恥ずかしいけど……。
本当はこういう仲間づくり好きだよな。うん、カッコつけたがるけど……。
本当は感動の涙流したいよな。うん、逃げ出したくなるけど……。
自分の内側が、ザワザワする。
だからこそ見に行きたいと思った。
案内文にもあるように舞台に上がる人はプロではないし、上手でもない。
そこにあるのはただ「表現したい!」と思い、
勇気を持って舞台に上がった人のエネルギーだけだ。
理屈抜きに自分を超えようとしている人のエネルギーに触れると、心地よい。
と同時に「自分は出来へんけど」と自信を失い、居心地の悪さを感じるかもしれない。
今まで何度となくこういうイベントに行って感じた居心地の悪さだ。
実際客席に座ってみると、今回は割と自然体でいれた。
今の自分が少し前へ進み始めていたからかもしれない。
もし何も日常でチャレンジしていなかったら、もっと作り笑いを浮かべ、気の利いた
理屈を語る自分に、帰宅してから嫌気がさしていたかもしれない。
後半のグループワークで「表現とは何か?」という問いかけがあった。
「表現とは、繋がりのエネルギー」と、
私の隣に座る演者の青年が語った。深く納得する。
その隣に座る観客の女性は、
「自分が舞台に上がると考えただけで息が苦しくなる」と言った。
この女性はすでに「自分のこと」としてこのエネルギーに共振している。
私の頭に浮かんだ言葉は、
「表現とは、信頼関係の上に成り立つもの」ということ。
観客が全て受け止めてくれるという信頼から、演者は自分のあるがままを表現できる。
しかしきっと舞台に上がるまでは
「自分で自分を信頼する」というプロセスを、共に舞台に立つ仲間と支え合い、葛藤しながら通っているはずだ。
そういうプロセスを自分の内側にも感じながら、
観客は一心にエールを送る。
そうなれば互いを信頼するエネルギー交換となり、
表現する側も見る側も心地よい。
会場では、
ドキドキ、ワクワク、ザワザワ、
息が出来なくなる感覚を持つ人、
何故か涙があふれる人、
足が震えるなどなど、
身体のあちこちが共振する。
そこには確実にエネルギーが交流している。
ある人の勇気が伝わり、自分も勇気を出してチャレンジしていこうと動き出す。
それが、マサさんのいう「連鎖」だろう。
その輪の連鎖が広がれば世界はもっと安心・安全な空間になるはずだ。
私も自分の内側を信頼し、自分なりの表現を伝えていけばいい。
「ザワザワ」が少しづつ「ワクワク」に変化しつつあるのを今感じている。

↑マサさん



