永遠無限のいのちを
この身に宿すはなんのため?
朝目覚められること
いつも起こしてくれているいのちに
心からの感謝を込めて。
いのちのありがたみを本当に実感しております。
わたしたちはどれだけのお金をつんでも
買えないいのちを常にいただいています。
買えないということは
買う必要がないということ
永遠無限に与え続けられるから
ということです。
無限にあり続けるから
失うことの方がおかしいから。
有限のものは買えるんです。
無限のものは永遠無限にあり続けてくれるから
買う必要がないんです。
あなたは人間は考える葦であるという言葉を聞いたことがあるでしょうか?
自然界の葦とひとと少し違うところは
観察意識が自覚としてあることや
考える機能があることだと思っています。
葦は中が空洞であり
風に揺れたとき笹と同じような羽音がします。
さっさっさと。
余談ですが
天照が岩戸にこもってしまったとき
あめのうずめのみことの
笹の葉の躍りによって
天照が本分をおもいだし
出てくるシーンがあります。
あめのうずめのみことの
真心と
笹のいのちののびる有り様をみて
いのちのただただ喜びと
真げきさを感じて
天照はひの有り様に気づいた。
ひとのからだは虚空よりいただいている
いのちを永遠無限に通すだけでいい
言い方を変えると
虚空より永遠無限にいのちをいただけるので
それを通すだけでいいんです。
意気揚々と。
溢れだすばかりのいのちを
ただただ愛をもって観察していくこと
観察していくぞという意識で
ともにともに有りたいと思う。
そうして空洞のなかに溢れてきているいのちが
葦の葉になり竹の葉になり
からだの手となり。
永遠無限に進化発展繁栄していきます。
竹の有り様をみたときに
あぁーー本当にいのちを通すだけで
いのちの有り様が手になり足になり
頭になり
生えてくるんだろうなと確信しました。
お金にふれたとき
水面に指を入れたように波紋がたちました。
お金は意識のあらわし。
この表現がすごくしっくり来る気がしています。
アクアボディという名前も
からだが意識をそのままうつすものであるからです。
一期一会
今のかかわり合いを大事にね。
いのちの重さを知りましょう。

