11月に心屋初級受けてそのあと
お金を見張ることをやめようと
家計簿つけるのやめました。
私の家計簿は財務諸表の
個人バージョンだったので
経理なので・・・(;´▽`A``
そこに
余計なエネルギー使ってたのは事実。
毎月お給料日の前日にそれまでの
1ヶ月分の領収書をドサッと広げて
家賃、税金、食費、教育費、等々を
集計していくわけです。
電卓たたくのは好きだから♪
で、家計簿やめてまだ1ヶ月。
だから途中経過ではあるのだけど
今日、お給料日前日。
いつもならこの時点でお財布には
ほとんどお金が入ってなくて
でもとりあえず1ヶ月過ごせた~
ふぅ~ ってなってるのだけど
いま、私のお財布には
諭吉がおる。数人おる。
な~ぜ~??? (@_@)
まぁ、たまたま
予定してた出費がドタキャンに
なったりしたのもあるけど・・・
家計簿つけてたのは
お金の出入りを見張りたくて
でもその結果 心理的には
あ~、減ってく
あ~、これしか残ってない
そういう「ない」をガン見してた
だけで まだ残っている「ある」を
全く見てなかった。
買い物したら領収書は必ずもらい
1ヶ月分を科目別にまとめといて
月1回それぞれを集計してたので
最初は領収書をもらわない、とか
捨てる、ということに正直戸惑い
抵抗もありましたが
出費の記録が手元に残らないと
出費の記憶ももれなく消える・・・
ということを発見しました・・(^▽^;)
思えば
領収書を受け取ったとき
あ~、お金使っちゃった とか
あ~、減っちゃった と
少なからず領収書を見てガッカリして
で、毎月恒例の集計日に
もう1度領収書みてガッカリして
1つの領収書で
2度ガッカリしてたワケです。
お金が「ない」ということを
ご丁寧に2度確認してたわけです。
ほらね、ないでしょ? って。
毎月家計簿つけてると
だいたい何にいくら位使ってるかは
把握できてきます。
そのだいたいいくら位を今度は
1ヶ月の予算としていたので
お金を使うたびに その予算が
どんどん減っていく。
あたりまえだけど。
でもよく考えたら
予算はあくまで予算なわけで
お金が「ない」のではないんですよね。
たまたまお財布には入ってないけど
銀行に貯金があったり
タンス貯金的なものがあったり
500円玉貯金とかあったりするんです
見張るということは
自力でなんとかしたいと思っていて
どうやったら自力でなんとかできるかの
算段をするために見張ってるのではないかと
思うのです。
なんかしらんけど とか 他力を全く
信じてない行為というか・・・
全てを把握したい、というエゴ的なものも
あるかもしれません。
たった1ヶ月の途中経過ですが
家計簿やめてみて
まったく困らない
しかも
今月はドタキャンあってたまたま
残高残ってただけかも知れないけど
見張るのやめたから
コントロール不能になって
お金足りない
ということもない。
お金使うときは
とりあえず~みたいな
使い方が減ってきてて
好きなもの
テンション上がるものを
選ぶようにしてるので
なんか満足感もある。
不思議~ ヽ((◎д◎ ))ゝ
なんとなく思うのは
お金が「ある」か「ない」かって
自分が「ある」と見るか「ない」と見るか
自分の見方次第なんだな~って思います。
よく言う
コップに半分のお水を
半分「も」と見るか半分「しか」と見るか
それと似ているのかな?って思います。
もうしばらく人体実験やってみま~す♪
今日も読んでくださりありがとうございます。
~ みなさま素敵なクリスマスを ~