“この価値観が正しい”というマインドコントロールから抜け出したとき、私は長い間見なかったテレビドラマを見るようになりました。
ドラマを見ていると、そこで起きる出来事と同時に感情の流れが表現されているのが手に取るように伝わってきます。
私はその心地よさを味わいながら、時の流れを止めて立ち止まっていたそれまでの自分を知ったような気がしました。
私は長い間自分の事を否定し、心の旅に出る前は“どうせ何をしてもあかんやろう”という心の囁きを聞き続けて、その通りの人生を歩んできました。
すべては育った環境や親のせいだと責任転嫁し、“可哀そうな私”を演じる不幸の国の住人になっていました。
自分が幸せになることを拒否していると、見えない糸のような力が働き、どんなに頑張っても動けば動くほど悪化していきます。
意気消沈し、勇気を失うような出来事が舞い込みさらに不幸な人になり、ついには、自分や相手を責め、破壊的な行動に意識が向いたこともありました。
周りからは、“努力が足りない”と言われ、どんなに頑張っても自分の努力が評価されず結果も出ないので無力な自分に嫌気が差し、ますます自分と相手を責め、負のスパイラルに陥っていったのです。
ですが、1年5か月のビジネス活動を通じた体験によって、目的意識を持って自らを表現していかなければ、誰とも共鳴できないとわかったのです。
自信を持って自らの価値を見出し、自らを表現し、自らが輝き、自ら居心地の良い場所創りをし、自己責任のもとで自立していくと人生がどんどん楽しくなってくるのを体験しました。
それが、私にとっての自分軸です。
目の前に鏡があるとします。あなたが浮かない顔をしていると、実際浮かない顔のあなたが
そこに映し出されます。
あなたが笑顔だと、笑顔の姿が映し出されます。
あなたの存在を価値あるものにするには、理想のあなたを追い求めるのではなく、ありのままのあなたに価値を見出せばいいのです。
すると、誰かに認めてもらうために媚びを売ったり、自分の事をよく見せる必要はなくなり、周りの目が気にならなくなり、自分自身を自由に表現できます。
PTAの役員をしていたとき、“問題行動のある子どもは感受性が豊か”だと講演会などで講師が話していました。
感受性=外界の印象を受け入れる能力、ものを感じ取る力、感性(広辞苑より)。
子どもたちが私が感じたように、“嘘つきで不誠実な大人”にうんざりしているのではないかなと思う時があります。
子どもが自分軸を持てるように冒険することを応援し、親の正しさを子どもに押し付けず、冒険するチャンスを与える。
そして、自分軸を持った大人が輝いていれば、“人生は楽しいものだ”と感じ、その感情が現実を引き寄せ、行動すること自体が楽しくなります。
競争社会に疲れた子どもたちが輝きだす共存の社会、お互いを大切にでき、お互いの存在を認め合う、そして、感情に蓋をせず、本音でぶつかり合い、相手の「愛」に気付くまで関わり合う勇気。そのための居場所。
そのようなものに意識を向けていければ、苛め問題や痛ましい事件は、影を潜めていくとおもうのです。
自著 命のバトン-自らが輝きだすとき- より☆