片づけのやる気スイッチ発見!! 
京都
のライフオーガナイザー
まなべ京子です。



“捨てられない”からの解放
というテーマで、私なりに ”捨てられない”を考えてみようと思います。

『なぜ自分の中で、捨てるが大きくなったのだろう?』



『片づけ』 ≒ 『捨てる』 と思うようになったのは、いつのころからだろう?


子どもの頃は、『捨てる』ことをさほど考えることもなく、片付いていない状況でも、自分が『片づけられない』と思ったこともなかった気がする…と、幼少時代~学生時代を振り返ると思ったりするのです。

やっぱりその時代は、モノ自体が今ほど多くなかったし、『捨てる』ほどのモノを、自分が扱っていなかったのでしょう。



バブリーな時代も、バブリーだからこそ?高価なものも選んで手に入れていたように思うし、まだ手に負えていた…ようにも思う。

その後、100円でいろんなものが買えるようになって、プチプラで質やデザインのいいものがどんどん買えるようになって…

その頃は、仕事時間もめいっぱいで、自分時間があるようなないような…
現実逃避は、雑誌やテレビに映画、自分時間をうまく使えず、モノが増えゆとりは減り…




そんな頃から『捨てる』という言葉が、整理や片づけと一緒になって、メディアで見るようになりました。

そうなると、自分の内からも外からも『捨てられない』の呪縛が始まるのです。

『捨てないといけない』 → 『捨てられない』 → 『動けない』 → 『片付かない』 → 『捨てないといけない』 → 『捨てられない』 ・・・




整理をすることも片づけることも、『捨てる』か『捨てないか』ではないのです。

例えば、【断捨離】も【ときめき~】も【捨てる技術】も、本質は『捨てる』ではないはず。
それでも、世間では『捨てる』がクローズアップされ、モノが少ないことが美徳のような印象さえ受けるようになりました。

厳選されたものを見る目、自分にとって必要最低限のものを見極める目、優先順位をつける選びとる目。
そこを置き去りにして、私の中で『捨てる』だけが独り歩きしてしまったような…。


安易に『捨てる』という その言葉が勝手に膨らんでしまったのですね。
『捨てる』からイメージする思い込み。
空想力、妄想力抜群のイメージの膨らみで、すっかり『捨てられない自分』を作り上げてしまったようです。


そんなときに、『捨てるからはじめない整理術』 を知り、“捨てられない”から徐々に開放されていったのです。




 vol 1  本当に捨てられない人なのか?




 ライフオーガナイザーたちは
捨てるからはじめません


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