お久しぶりです。

ちばる食堂市川です。

介護現場から離れ、認知症と診断された方を雇用して一緒に働き始めて早7年が経過しました。

制度の外に出ることで一層介護ってなんなんだ。認知症ケアってなんなんだって思うことが増えてきた。

誰のなんのための何をしていたんだろうって。


介護の仕事をしていると『嘘』を平気でつくようになります。それは良い嘘も悪い嘘も。

認知症高齢者が同じことを何度も言ったり、どこかへ行こうとされたりすると、介護スタッフは宥めるように嘘をつく。

その嘘によって、当事者は『あっそぉか。』って落ち着くこともある。

でも、その時が治るだけで、日常はそのやり取りの繰り返し。


最近のキーワードは俗に言う『徘徊』だ。

認知症当事者が、施設内や自宅で『?』ってなったり、探し物があったり、胸がザワザワするようなことがあると一旦外へ行き、あてのない散歩に出る。


その時、大抵の現場スタッフは付き添って一緒に歩き出したり、後を名探偵のようについて回る。

これって、なんのための行動なのか。当事者からすれば意味を持たない同行は『ただの邪魔』で適切な支援とは言えない。


なんで歩いているのかの情報をひとしきり得た上で、施設内や自宅で安心して過ごせるための同行は適切だと思うが『出ていく人だから付き添おう』みたいな感覚は、何もしていないのと同じ。

確かに、預かる側として放置は事故った時は管理責任があるだろうけどね。


結局は、何かあったらいけないから一緒に歩く。

でも、当の本人からするとその場に居場所がないから歩き出す。『ここに居たくない』それこそが歩く目的なんだと思う。


どーしょー、ここどこだ?って不安でいっぱいの中歩いてる人に『散歩気持ちいいですね。一緒に散歩しましょ』などのその場しのぎの適当な会話はどーなんだろ。

『どこへ行かれます?』って言われても『あっ』って思ったその瞬間は目的あってもその後には目的すらも忘れちゃってる可能性が高いんだから。


そして、最大の嘘は『一緒に散歩すればいいだけだから対応にそれほど困ってない』という麻痺した嘘。

不安行動に対する支援が『当たり前』『その時が解決すればいい』になってしまうと課題が課題とされず、不安要素としてあげられないまま、第三者からの視点を阻み、その人の安心した暮らしを遠ざける結果になると思う。


本当は困ってるけど、まぁなんとなってるからあんま困ってないって嘘が介護現場には多いってことが問題で、一般社会と介護社会の壁を作っている要因だと思う


介護現場だけで、解決しない。その地域にはたくさんの家、店があるから。歩いた先に安心があるならその方がいい。


って、自分に向けて綴ってるところもある。