宝石紫LUANAキネシオロジーヒーリング

ヒーリングサロン LUANA 市川祐加子です。

ブログにお越しくださりありがとうございます。

このブログでは
私の日々の気づきをシェアしています。

皆様のお役に立てることを願って。

只今、セッション再開の準備中です。
再開の際は、こちらでお知らせいたします。
今しばらくお待ちくださいませ。

 

今日が新月だからなのか
それはよくわからないけど
やはり天体の動きは、宇宙の流れだから、私たちに大きく影響するのだと思わざるを得ないことが多々あります。

と、これを書き始めると書きたいこととは違う方向に行きそうなので、ここまでにするとして。

今日は、ここのところの気付きについて書いていくことにします。

私には娘が一人いて
インナーチャイルドの学びを深めるにつけ、娘には色んなつらい思いをさせてしまったと思うこともあります。

本当に申し訳なかった
至らない親だった
と、反省することがたくさんあります。

多次元キネシオロジーののりこさんのセッションを受けると

毎回のように

娘さんから霊を受けてます

と、言われていました。

娘は病院で働いていることもあり、霊的エネルギーを沢山くっつけているんですよね・・・

そしてそれをもらう私と言う図式がありました。

のりこさんに

何でかしら?

と聞かれたとき

私が娘についてる霊的エネルギーをもらうことで、娘が楽になるんじゃないかと思ってるからじゃないでしょうか

と言うバカ親(親バカではないです、バカ親です)発言をしたのでした。

その時のりこさんは呆れ顔で、

そんなことをしたって娘さんに付いた霊的エネルギーがなくなるわけじゃないのよ

と。
バカ親なので、それで娘が楽になれたらと考えていたけど、それは本当にとんでもない間違いで

そもそもそれが娘のために良いことだという考え方も間違えていました。

多くの親はともすると

子のためにできることはしてあげたい

と、思います。

私もそうです。
娘に頼まれたら、スケジュール的に無理がなければ、その頼みには必ず応じてきました。

だけど、のりこさんには、
(子供に限らず他の人からなにか頼まれたときなど)
その時の自分の体調、感覚をよく感じて断わることが出来ることが大事
と、何回も言われてきました。

それがずーっとわからなかったんです。

え?
ちょっと自分の具合が悪いぐらいでも、子守を頼まれたらやってあげることがなぜよくないの?

と。

だけど、ここのところ、自分自身の親とのイザコザやアレコレから

自分を犠牲にして相手に尽くす

事が、自分にとってどれぐらいよくないことかハッキリわかってきたのです。

3月末に甲状腺機能低下症と言われてから心が落ち込み、沈んでいました。
結局のりこさんのセッションは受けられたけれど、それまでの約20日間は、内観レポートを出すけどお返事がなかなか来ない数日がとても辛かったのです。

そんなとき、実家の母から電話が来ました。
そして、毎回毎回あっちが痛いこっちが痛い、動けない、キツイ、から始まります。

いつもなら

仕方ないよ、歳だから
それでもお母さんはちっともボケてないからすごいよ

となだめたりすかしたりするのです。
だけどこの日ばかりはそれができなかった。

おかあさん!
私が一度でも痛いとか、つらいとか言ったことある?
一回もないよ!!
それはいつもお母さんがそれを言わせる隙を与えないから!
私だって痛いところもあるし、つらいときもある
でも、お母さんに何も相談できない!
もう私に電話しないで!

と怒鳴り散らしたのです。
母も驚いたと思います。
けれど、もう堪忍袋の緒が切れた感じでした。

(のりこさんには、その時に霊的エネルギーがついていたので、キレる事が起きたのだろうとのことでしたが)

そして、このことだけではなく

実家には私のすぐ上の独身の姉が母と同居しているのですが

この姉がまた身体に障害があったりしてつらいのに

母が痛い痛いというのでつらい

と妹に言ったらしいです。

私ももちろん聞いていたので、そのことも母には怒りました。

この二人は
助け合って暮らしているようで
実はそうではないということは
エネルギーを見たらわかりますが

二人にそんな話をしても解決には至りません。
家族の難しいところです。

私と娘
私と母
母と姉

ここのところ、この関係性においての状況をずっと眺めていて
やっと気づいたことがあります。

のりこさんにも何度も言われていたことがやっと腑に落ちた感じです。

それは

相手のために、と思って尽くすことは
あんまり意味がないということ

何より大事なことは

自分が幸せでいること

とくに子供にとっての良い親は

親自身がしあわせであること

これだけなんだと。

それは、親子関係だけではなく
社会にとってもそうで

その人が幸せであることがなによりもの社会貢献なんだと思うのです。

そう言ったって、私は今病気で苦しんでいます!

っていいたい人もいると思う

けど、そのことについても

それは私自身がガンとわかったときに霊能者のえつこさんに教わったことでもあるんですが

病気でも幸せ

という境地に行くことが出来るのだと。

私の母は、幼い頃に両親をなくし、親戚中をたらい回しにされてきた

と嘆きます。
その拠り所のなさは子供の心には深い傷となって残っていると思います。

だけど
それでも

父はなんだかんだ言いながら、母をとても大事にしていたし、深く愛してるということは子供にも伝わってくるほどわかりました。
なぜそれなのにその愛を受け取らず
不幸な自分のまま生きているのか、不思議です。
様々な感情が身体に残って痛みになっているので、今は自分の娘に嫌な思いをさせています。
甘える相手がいなかったから、娘に甘えているのでしょう。

私もまた
子どもの頼み(主に孫の面倒を見ること)だからと、つらい身体にムチを打つのか。(そもそもつらいと感じていないところが問題だけれど)
元をたどると、娘に大事にしてもらいたいと思っているような気がします。

それは果たして娘のためになるんでしょうか?

いいや、ちがう
そうじゃない。

私が孫を預かれなければ、娘は別の方法を探したでしょう。
思ってもみない方法が見つかる可能性だってあったかもしれません。
そもそも病児保育だって近くにあります。
※緊急だと申し込めないことがあるのが大変だけど。。。

それでも娘が本当に喜ぶことは、できないことはできないと断って
私が私を尊重して、大事にして、自分を幸せにすること。
身体に感情を残して、将来痛い痛いと嘆かず、いられるように、私が私の内面をよく観ること。

私が幸せでいることが、みんなの幸せ。

だから

私がこんなふうなのは、周りのせい

という被害者意識を手放して
すべての要因は自分の中にあるという真実を受け入れることが大事。

だから、人の気持ちをわかろうとすることなんてあんまり意味がない。

全ては自分。
自分のことが分かれば、なんでもわかってくるから。

サイキックはすべての人にあるけど
とくに今回発露すると決めていなければ、使う必要もない。
自分を理解すればいいだけ。

あー、でも理解の仕方を間違えないことのために内観の仕方は学ぶといいかもです。

なにより、人のせいにしないこと
全ては自分の中にあるから

はー、言語化難しいな。
思っていることの何割書けたかなあ。