幸福と快楽の違い | 選択理論マニアのためのトリセツ

選択理論マニアのためのトリセツ

心理カウンセラー渡辺奈都子が選択理論に関するマニアックな気付きを書いているブログです。

こんばんは、渡辺奈都子です。


今日はちょっとマニアック・・・ しかも長文です汗
お付き合いくださったら嬉しいです。



選択理論では、私たちが
「自分で自分の基本的欲求を満たすこと」を重要に考えています

欲求が満たされると、それはそれは、とても気分が良くなるから・・・yes



しかーーーっしビックリマーク

グラッサー博士は、この気分の良さには二通りあると言っています。

一つは、私が「幸福」と呼ぶところのもので、愛や気配りに満ちた人間関係の中に見られる。
もう一つは愛や友情の存在しないもので、私はこれを「快楽」と呼んでいる。


ふむふむ・・・カピバラ


このことについて、ポジティブ心理学のマーティン・セリグマンもよく似た表現をしています。

私たちは通常、充足感快楽という二つの言葉を意識して使い分けたりはしないが、じつはこれは非常にまずいことだ。なぜなら、人生でいちばんすばらしい異なる二つのものを混同し、同じ方法でこの二つを得られると勘違いしてしまっているからだ。



両者共、べつに 快楽はダメだよ!と言っているわけではありません

だって、私たちの上質世界には、幸福だろうが、充実感だろうが、快楽だろうが、
基本的欲求を満たす(しかも強く満たす)ものがストックされていくから・・・デスネ



しかしながら、セリグマンは

「快楽」とは、感覚そのものと強烈な感情からなる喜びのことで、それには、絶頂感やスリル、歓喜、横溢感、心地よさなどがあり、哲学者はこれらを「生の感情」と呼んでいる。

これらは一過性のものであり、ほとんど思考をともなわない。

一方、「充実感」は、「生の感情」を必ずしもともなわないことが多い。時間がたつのを忘れ、自分の技能と挑戦の対象とがうまくマッチし、自分の力量を感じることができる

充足感は快楽よりも持続するが、思考力や解釈力を駆使する必要があるので、
たやすく身に付くものではなく、
自分の力や価値の裏付けがあって初めて獲得出来る。

と説明しており、グラッサー博士は

人類が直面する主たる問題は、いかにしてあくなき力の欲求を満たしながらも、
同時に、愛と所属の欲求をも満たすことが出来るかということである。

力の欲求を外的コントロールによって満たす限り、
拮抗する他方の欲求である愛と所属の欲求の問題が解決することはないだろう。

と述べています。


これを、私流に超簡単に説明すると、

自分の「生の感情」を大切にするがあまり、

外的コントロールが手放せないきついあせ
いや…むしろ使っちゃいたいsei炎
ええい、使っちゃえーーパンチ!ビックリマークsei

という背後には、ある種の「快楽」のようなものがあるのかもしれなくて

でも、それをしっかり握りしめている限り
愛や気配りに満ちた落ち着いた幸福は手に入りにくいものだよ・・・
にかっ!


ということになります。




つまり・・・

選択理論に生きるということ、
それは、決して「楽なこと」ではないのです。


選択理論を学んで
「楽になる」ということはあっても、「楽が出来る」わけではありません。
(楽したいのにー!とご興味をもってくださった皆さまには、ガッカリさせてすみませんゴメン・・・・・


そして、さらに付け加えるなら、
「楽になる」ことと「幸せになる」ことはイコールではないということです。



幸福感や充実感を得るということは手間ひまかかるし、
努力や忍耐なしに手に入るものではありませんよね・・・あは・・・

時には苦痛を感じることも、ウツウツとすることもあるかもしれないけれど、
その先にある本当に欲しいものに近づくために、ハンドルをしっかり握る必要があります。


私も、擦り傷をつくったりばんそうこうぶつかりそうになったりあわわしながらも、
(「やってもーーたーー」と言いながらね…汗☆
それでも自分の信条をことあるごとに確認して、歩みを進めて行きたいと思っています。







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