学生の頃、私は、既に、
私が、やってみたいと思う好奇心や、
楽しい、嬉しいって気持ちを、否定して、
蓋をしていたことを、今日ふと、思い出した。
いつからだろう、なんでだろう、
正しさばかり、正しそうなことばかりに、
価値を置くようになったのは。
全然、生きてる事が、楽しくなかった。
そりゃそうだ❗️と、今なら分かるけど。
そんな風に思いこんでいて、
かわいそうだったな。私。
1番になること、認められそうなこと、
それ以外は、認められない気がして、
大事に出来なかった。
今でも、私の好きなこと、私の嬉しい、
と思う気持ちに、気がついて、
不安になる事がある。
怖くなる事がある。
そんなの、やって意味あるの❓
そんなのに、お金使うの❓
そう、言われるような気がする。
この間、友達のところの1歳半の子と遊んだ時に、
その子が、キラキラ色んな色のビーズがついた、
子供用ブレスレットをしていて、一緒に遊んで
仲良くなってきたら、その子が、私に、
そのブレスレットを貸そうとしてくれたことがあって。
私、その時に、「あれ?それは、◯◯ちゃんの、大切なお気に入りの、飾りだよね。大事なものは、◯◯ちゃんが、大事にしてて良いんだよー」って、言ってた。
そんな言葉が、出てきた。
私が、言われたかった言葉だったんだろうな。
それは、大事な気持ちだよね、自分の大事な気持ちは、誰にも明け渡さなくて良いんだよー。大事にもっていて、大事にしていて良いんだよー。って。
私が、これをしているのが、楽しい。
私が、これをしていると、嬉しい。
その気持ちは絶対的な、私の羅針盤で、大事なもの。
これは、嫌だな、と思うことも、私の羅針盤。
そういう気持ちは、
人生で、一番大切なものなんじゃないかと思う。
私が私を大切にすることとは、
私の気持ちを、大切にすること。
私のまんまの気持ちを、
もう、私は、大切にできる人。
そのままで良いんだよ。
大切にもっていて、大切にしていて良いんだよ。
誰にも、明け渡さなくていいんだよ。
どんなことでも、自分が大事だ、と思うことをしている人、大切にしている人は、素敵だなと思う。
